不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
共有の不動産を売却する際の注意点
Q
私は、母と弟の3人で土地と建物(以下「本件不動産」といいます。)を共有する形で所有しています。持分割合は、母が2分の1、私と弟が4分の1ずつです。
本件不動産には、現在母のみが居住しており、私と弟はそれぞれ20年以上前から母とは離れて暮らしていましたが、このたび母から老人ホームで暮らしたいので本件不動産を売却して資金を作りたいとの相談がありました。
私は、母の提案に納得して、弟に対し、本件不動産を売却して代金を持分割合で分配することを提案しました。ところが、弟は、本件不動産は幼少期を過ごした思い入れがある上、将来値上がりする見込みも高いなどの理由で売却を拒否しています。
知り合いの不動産業者に相談したところ、私と母の持分のみを他の人に売却することは困難であると言われてしまいました。
私と母は、弟の同意を得ずに本件不動産を売却することはできないのでしょうか。
また、本件不動産の売却を実現するために弟との共有関係を解消する方法はないのでしょうか。
A
1.共有物に関する意思決定のルール
共有とは、複数名が共同して1個の物(共有物)を所有する関係(共同所有関係)の1つを指します。また、共有関係にある所有者のことを、共有者といい、共有者がそれぞれ共有物に対して有している所有権の割合を、持分又は持分権といいます。
本来、所有者の方は、その所有する物(所有物)を自由に売却したり、他の人に貸したりすることができます。
しかしながら、共有の場合、複数名が共同して物を所有しているため、共有者が1人でできることにも自ずから制限が生まれることになります。
では、共有物の売却に関して共有者間の意見が対立した場合は、どのように意思決定をすべきでしょうか。
民法では共有物の取扱いに関する意思決定について、以下の3つのルールが定められています。
① 変更・処分行為
共有物の「変更・処分行為」には、共有者の全員の同意が必要とされています(民法251条参照)。つまり、共有者全員が同意しなければ、「変更・処分行為」はできないということです。
この共有物の「変更・処分行為」には、共有物の売買契約の締結、担保権の設定、借地借家法の適用を受ける賃貸借契約の締結、土地の造成、土地上への建物の建築及び建物の大規模な改修・建替えなどが該当すると解されています。
共有者としては、他の共有者に無断で自分が持分を有している共有物を売却されてはたまったものではありませんから、共有者全員の同意が必要とされているわけです。
② 管理行為
共有物の「管理行為」には、各共有者の持分の価格に従い、その過半数の同意が必要とされています(民法252条)。例えば、3名の方が3分の1ずつ物を共有している場合は、そのうち2名の同意が必要となります。
この共有物の「管理行為」には、共有物の使用方法の決定、借地借家法の適用を受けない賃貸借契約の締結、賃借権譲渡の承諾、賃貸借契約の解除及び賃料の変更などが該当すると解されています。
③ 保存行為
共有物の「保存行為」には、他の共有者の同意は不要で、各共有者が単独で行うことができます(民法252条ただし書)。
この共有物の「保存行為」には、共有物の修繕、不法占拠者に対する明渡し請求、法定相続分による相続登記などが該当すると解されています。
共有物の売買契約を締結することは、上記3つのルールのうち、①の「変更・処分行為」に該当しますから、共有者の全員の同意が必要となります。
したがいまして、ご相談者様のケースでは、残念ながら弟様の同意を得ずに、共有物である本件不動産を売却することはできないこととなります。
なお、各共有者の持分のみを売却することであれば、各共有者が単独で行うことができますので、相談者様とお母様の持分のみを他の人に売却することは、法律上不可能ではありません。
もっとも、共有物の取扱いには上記の3つのルールによる制限がございますので、持分権の一部のみの買取りに応じて、上記ルールによる制限を受ける共有関係にあえて加わる買主は稀でしょうから、知り合いの不動産業者様からのご指摘は十分にあり得ることかと存じます。
2.共有関係を解消する方法
それでは、ご相談者様のケースのように一部の共有者が売却に反対している場合、その共有者との共有関係を解消する方法はないでしょうか。
各共有者は、共有関係を解消するために、いつでも共有物の分割を請求することができるものとされています(民法256条1項。これを「共有物分割請求」といいます。)。
この「共有物の分割」には、以下の3つの方法があるとされています。
① 現物分割
共有物を物理的に分ける方法です。
② 換価分割
共有物を第三者に売却して、売却代金を共有者で分配する方法です。
③ 価格賠償
共有者の1人が他の共有者に金銭(代償金)を支払うことと引き換えに他の共有者の持分を取得する方法です。
共有物の分割は、原則として共有者間の協議によることとされています。
他方で、共有者の間で分割方法について協議が整わない場合は、「共有物分割訴訟」という裁判手続により分割を請求することもできます。
共有物分割訴訟の裁判手続では、裁判所にて、持分の取得を希望する共有者がいれば、まずは③の価格賠償による分割が可能かを検討することになります。
③の価格賠償による分割は、持分の割合や共有物の利用状況など諸般の事情を考慮して、共有者の1人にその共有物を取得させることが相当であり、かつ、その共有者に代償金を支払えるだけの資金がある場合に認められることになります。
③の価格賠償が難しい場合には、次に①の現物分割が、②の換価分割に優先して検討されることになります。もっとも、不動産に関しては、土地のみであれば、土地を分割して登記する(分筆)ことにより現物分割できる余地がありますが、建物を現物分割することは通常不可能です。
①の現物分割が不可能であるか、分割によって著しく価値が減少する場合、最終的には②の換価分割によって解決することになります。
ただし、共有物分割訴訟という裁判手続にて②の換価分割を行う場合、共有物は競売により第三者により売却することになります。競売の手続費用が掛かる上、時価よりも低い価格で落札されることも懸念されます(そのため、裁判手続に移行してはいますが、協議により共有者全員の同意で第三者に共有物を売却する方法が採られることもしばしばございます。)。
以上のとおり、共有者の間で協議が整わない場合であっても、共有物分割訴訟により、最終的には、共有関係を解消することができます。
3.まとめ
ご相談の事案でも、本件不動産の第三者への売却は、共有物の処分に該当して共有者全員の同意が必要ですから、弟様から同意を得ない限り本件不動産の売却はできません。
まず、本件不動産を保有する意向が強い弟様にご相談者様とお母様の持分を買い取る意思がないかも確認しつつ、弟様の理解が得られるよう協議すべきかと存じます。
弟様との協議が整わない場合は、ご相談者様とお母様は、弟様に対して、共有物分割訴訟を提起し、価格賠償の判決を得れば弟様の持分を取得して共有関係を解消することができます。
また、価格賠償の要件を満たさない場合でも、本件不動産は建物を含むため現物分割が不可能と解されますから、換価分割の判決により、競売で本件不動産の売却を実現することができます。
競売では時価よりも低い価格で落札されることも懸念されますので、実際には、訴訟の中でも競売によらずに第三者へ売却する合意ができないかも並行して協議してゆくことになります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。