不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
管理費等を滞納しているマンションの売買
Q
私は、先日、父親から、相続により分譲マンション(以下「本件マンション」といいます)の1室を取得しました。私以外に相続人はいませんでした。私は、既に別のところで暮らしておりますので、相続後直ちに本件マンションを売却することにしました。
私の父親は、晩年体調を崩し、入院していたため、本件マンションの管理費と修繕積立金(以下「管理費等」といいます)の合計20万円を滞納していました。そのため、私は、本件マンションの売却時に、買主に対し、管理費等の滞納が生じていることを説明しました。買主も、本件マンションの管理費等の滞納が生じていることは、仕方のないことと理解を示してくれ、本件マンションを買い取ってくれました。
ところが、本件マンションの売買の決済も終えた後、しばらく経ったある日、買主から、「お父さんが滞納していた本件マンションの管理費等合計20万円を支払ってほしい」との連絡がありました。どうやら、私の父が滞納していた管理費等を、買主が本件マンションの管理組合に対して支払ったので、その分を支払ってほしいということのようです。
私としては、管理費等の滞納があることを説明していましたし、買主もそれを理解して本件マンションの売買契約を結びましたので、管理費等は買い手が負担するものと思っていました。
私は、買主に対し、滞納管理費等に相当する20万円を支払わなければならないでしょうか。
A
1 管理費・修繕積立金とは
管理費とは、共用部分の清掃費用やエレベーターの点検費用など、マンションの敷地及び共用部分の維持管理のために恒常的・日常的に支出される費用をいいます。修繕積立金とは、マンションの大規模修繕に備えて積み立てておく費用をいいます。
管理費等の支払義務を直接定めた法律はありませんが、マンションの管理に不可欠なものであることから、多くのマンションでは、集会の議決や規約に、マンションの居室を所有している区分所有者の管理費等の支払義務を定めており、これを根拠に、マンションの管理組合は、区分所有者に対し、管理費等の支払いを請求できるとされています。
なお、国土交通省が公表する平成30年度マンション総合調査結果によれば、管理費等を3か月以上滞納している住戸を抱えるマンションが、全体の24.8%もあるとされており、管理費等の滞納が問題となっているケースが少なくないと思われます。
2 ご相談の件の問題点
ご相談の件でも、本件マンションの集会の議決や規約により、区分所有者の管理費等の支払義務に関する定めが存在し、ご相談者様の父親がその義務を負っていたと考えられます。さらに、ご相談者様は、相続により、父親の滞納分の管理費等の支払義務を承継したと考えられます。
もっとも、ご相談者様は、管理費等を滞納した状態にあることを説明の上、本件マンションを売却しているので、本件マンションの売却後は、買主が滞納分の管理費等を負担すべきでないかという点がここでの問題です。
3 買主の支払義務
マンションの管理組合は、区分所有者が管理費等を滞納したままマンションを売却した場合、当該マンションの区分所有権の買主(「特定承継人」と法律上は呼称されています)に対し、滞納分の管理費等の支払いを請求することができるとされています(区分所有法第8条)。
そのため、ご相談の件の買主は、本件マンションの管理組合から、滞納分の管理費等の支払いを求められた場合、本件マンションの売買契約における滞納分の管理費等の取扱いに関する定めにかかわらず、これらを支払わなければなりません。
4 売主の支払義務
⑴ 原則論
もっとも、買主がマンションの管理組合の請求に基づき滞納分の管理費等を支払ったとしても、必ずしも最終的な負担者が買主となるものではありません。
すなわち、買主にも滞納分の管理費等を請求できるとした先ほどの区分所有法第8条は、マンションを円滑に維持・管理するため、本来的には滞納者である売主が負担すべき費用を、買主にも負担させることで、管理費等の回収の実行性を向上させる趣旨と解されています。
そのため、滞納分の管理費等を第一次的に支払うべき者が滞納者である売主であることに変わりはなく、買主は、売主に対し、原則として、自己が支払った滞納分の管理費等の全額の返還を求める(求償する)ことができると考えられます。
裁判例でも、競売によってマンションの所有権が移った事案ではあるものの、管理費等の負担につき特段の合意がない限り、買受人が支払った滞納分の管理費等は、前区分所有者が全額負担すべきであると判断したものがあります(東京高判平成17年3月30日)。
そのため、ご相談者様は、ご相談者様に代わり滞納分の管理費等を支払った買主に対し、滞納管理費等に相当する20万円を支払わなければならないのが原則です。
⑵ 例外の検討
他方で、ご相談の件では、例外についてさらに検討する必要があります。
すなわち、ご相談者様が管理費等を滞納した状態にあることを説明し、買主が理解を示したことが、先ほどの裁判例において登場した、管理費等の負担についての特段の合意に該当し、例外的に、買主が負担すべきでないかが問題となります。
この点に関し、先ほどの裁判例の事案では、マンションの物件明細書等に滞納管理費等の金額が明示され、競売の最低売却価格において、滞納管理費等が控除されていたことから、買受人が、滞納管理費を負担することを前提に買い受けており、滞納管理費を負担すべきとも考えられる事案でした。
しかしながら、この裁判例は、物件明細書等の記載は、買受人に不測の損害を被らせないように配慮したものに過ぎないから、物件明細書等の記載を根拠として、当然に買受人に管理費等の滞納分の支払義務があるとすることはできないと判示しました。
そのため、この裁判例によれば、ご相談の件のように、管理費等の滞納があることを説明するのみでは、買主に不測の損害を被らせないように配慮したものに過ぎず、特段の合意に該当しないと解され、買主に管理費等を負担すべき理由はないと考えざるを得ないでしょう。
5 まとめ
したがいまして、ご相談の件では、原則どおり、ご相談者様が、買主に対し、滞納管理費等に(相当する)20万円を支払わなければならないと考えます。
管理費等の滞納があるマンションを売却する場合、売主は、管理費等の負担につき、あらかじめ買主との間で明確に合意した上で、売買契約を締結しなければ、ご相談の例のように思わぬ負担を招くおそれがあるため、注意したほうがよろしいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。