不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
宅地建物取引業者との媒介契約を解除する際の注意点
Q
私は、職場の転勤を機に、自宅の土地建物の売却を思い立ちました。
私は、地元の業者であれば地元の不動産の情報にも詳しいだろうと安易に考え、自宅から一番近い宅地建物取引業者のA社に売却を依頼し、媒介契約を締結しました。
しかしながら、媒介契約から1か月半経っても、A社からは一度連絡があっただけで、不安に思って問合せの電話をしても、いつも不在で折返しも数日経ってから、報告内容も「色々やっていますが特に動きはありません。」との内容ばかりで、あまり積極的に販売活動をしている様子もありませんでした。
そこで、私は、首都圏に展開する大手の宅地建物取引業者に改めて自宅の土地建物の売却を依頼したいと考えましたが、A社からは、専任媒介契約であるため、A社との媒介契約期間中は他の宅地建物取引業者には依頼できないと説明されており、困っています。
A社との媒介契約はまだ1か月半残っていますが、私から契約を解除することはできるのでしょうか。また、契約を解除した場合にはA社から損害賠償などを請求されてしまうのでしょうか。
A
1.媒介契約の種類
媒介契約とは、委任者(依頼者)が、宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)に対し、当事者(売買であれば売主と買主、賃貸であれば賃貸人(大家)と賃借人(入居者))の間に立って宅地建物の売買、交換又は賃貸の契約を成立させることを委任し、これらの契約が成立した場合には宅建業者に報酬の支払いを約束する契約のことです。仲介契約とも呼ばれます。
売主の立場から見ますと、宅建業者に、不動産の買主(購入希望者)を探してもらうとともに、見つかった購入希望者との間で売買契約を結ぶことができるよう取りまとめてもらうことを依頼し、売買契約を結べた場合には報酬をお支払いする契約ということができるでしょう。
宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)において、宅建業者が媒介契約を締結した場合、書面を作成して委任者(依頼者)に交付することが義務づけられています(同法第34条の2第1項)。そのため、国土交通省が公表している「標準媒介契約約款」を用いることが、取引実務上は定着しています。
媒介契約には、大きく分けて、①一般媒介契約、②専任媒介契約、③専属専任媒介契約の3種類があります。
① 一般媒介契約
委任者は、他の宅建業者との間でも重ねて媒介契約を締結することができ、委任者自らも買主を探すことができる媒介契約です。
つまり、複数の宅建業者との間で一般媒介契約を結んで同時並行で買主(購入希望者)を探してもらうことも、自分自身で買主を探すこともできます。
一般媒介契約の有効期間に法律上の制限はありませんが、標準媒介契約約款では、3か月を超えないものと定められています。
② 専任媒介契約
委任者は、他の宅建業者との間でも重ねて媒介契約を締結することはできませんが、委任者自らも買主を探すことができる媒介契約です。
つまり、ある宅建業者と専任媒介契約を結ぶと、その契約が残っている間は、ほかの宅建業者には買主を探してもらうようお願いできないことになります。
その代わり、専任媒介契約の場合、一般媒介契約とは異なり、宅建業者には、契約から7日以内に、指定流通機構(「レインズ」とも呼ばれ、不動産流通業界全体で広く用いられている各地域の不動産情報の交換業務を行うネットワークシステムのことです。)へ登録する義務(宅建業法第34条の2第5項、同法施行規則第15条の10)及び媒介業務の処理状況を2週間に1回以上報告する義務があります(宅建業法第34条の2第9項)。
専任媒介契約の有効期間は、3か月を超えることができないとされています(宅建業法第34条の2第3項)。
③ 専属専任媒介契約
委任者は、他の宅建業者との間でも重ねて媒介契約を締結することも、委任者自らも買主を探すこともできない媒介契約です。
それだけ委任者を拘束する媒介契約でもあるため、宅建業者には、専任媒介契約以上に、迅速な対応及び委任者への報告義務が課されています。
すなわち宅建業者には、専属専任媒介契約から5日以内に、指定流通機構(レインズ)へ登録する義務(宅建業法第34条の2第5項、同法施行規則第15条の10)及び媒介業務の処理状況を1週間に1回以上報告する義務があります(宅建業法第34条の2第9項)。
専属専任媒介契約の有効期間は、3か月を超えることができないとされています(宅建業法第34条の2第3項)。
3種類の媒介契約には、その他にも細かな違いがありますが、本コラムにおいては説明を割愛させていただきます。
上記のように②専任媒介契約又は③専属専任媒介契約の場合は、媒介契約の有効期間中は、他の宅建業者との間で重ねて媒介契約を締結することはできませんので、他の宅建業者との媒介契約をするためには、既に締結した媒介契約を解除しなければなりません。
それでは、有効期間中の媒介契約を委任者から解除することはできるのでしょうか。
2.媒介契約の解除の可否
⑴ 標準媒介契約約款に定められた事由による解除
標準媒介契約約款では、専任媒介契約の場合(以下「専任約款」といいます。)は第16条及び第17条に、専属専任媒介契約の場合(以下「専属約款」といいます。)は第15条及び第16条にそれぞれ以下のとおり媒介契約の解除事由が定められています。
ア 催告解除(専任約款第16条、専属約款第15条)
宅建業者が、媒介契約に定める義務の履行に関してその本旨に従った履行をしない場合、委任者は、宅建業者に対して、相当の期間を定めて本旨に従った履行をするよう催告し、その期間内に履行がないときは、媒介契約を解除することができます。
イ 無催告解除(専任約款第17条、専属約款第16条)
一 宅建業者が媒介契約に係る業務について信義を旨とし誠実に履行する義務に違反したとき。
二 宅建業者が媒介契約に係る重要な事項について故意若しくは重過失により事実を告げず、又は不実のこと(事実と異なること)を告げる行為をしたとき。
三 宅建業者が宅地建物取引業に関して不正又は著しく不当な行為をしたとき。
これらのいずれかに該当する場合、委任者は宅建業者に対する履行の催告を要することなく、直ちに媒介契約を解除することができます。
⑵ 善管注意義務違反による解除
また、媒介契約は、民法上の「準委任契約」であると解されていますので、民法の委任契約に関する規定が適用されます。
民法の規定によれば、委任契約の受任者である宅建業者は、媒介契約の本旨に従って善良な管理者として媒介業務を処理する義務を負うこととされています(民法第644条。以下「善管注意義務」といいます。)
例えば、宅建業法で定められた事項以外の重要事項の説明義務違反や調査義務違反などが、上記の善管注意義務違反に該当すると解されます。
したがいまして、上記標準媒介契約約款に定められた解除事由に該当しない場合であっても、宅建業者に善管注意義務違反がある場合、委任者が宅建業者に対して、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときは、媒介契約を債務不履行解除することができます。
⑶ 宅建業者に義務違反がない場合の任意解除
さらに、宅建業者に⑴及び⑵のような義務違反がない場合であっても、民法の委任契約の規定によれば、委任者は、契約期間中いつでも媒介契約を解除することができます(民法第651条第1項)。
ただし、民法では、①相手方に不利な時期に解除したとき、又は②委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)を目的とする委任契約を解除したときは、やむを得ない事由があった場合を除き、解除した者は、相手方の損害を賠償しなければならない(民法第651条第2項)とされています。
報酬が設定されていることは、「受任者(宅建業者)の利益」には当たらないと定められていますので、標準媒介契約約款の定めに従った媒介契約が②受任者の利益を目的とする委任契約に該当することはほとんどないと思われます。
他方で、宅建業者が媒介業務の履行のために広告費、通信費、交通費、書類取得費などの実費を解除の時点で支出していた場合は、①相手方に不利な時期に該当し、宅建業者から損害賠償請求を受ける可能性があります。
専任約款及び専属約款でも、民法の上記定めを基に、宅建業者の責めに帰すことができない事由によって媒介契約が解除されたときは、宅建業者は、委任者に対して、媒介契約の履行のために要した費用(媒介契約の約定報酬額が上限)の償還を請求することができることが定められています(専任約款第14条、専属約款第13条)。
3.まとめ
ご相談者様の事案では、専任媒介契約を締結しているにもかかわらず、1か月半経っても、A社からは一度連絡があっただけであったとのことですので、A社は媒介業務の処理状況を2週間に1回以上報告する義務に違反するものと思われます。
これは、宅建業法に定める宅建業者の義務に違反するものですから、ご相談者様は、専任約款第17条第一号の「宅建業者が媒介契約に係る業務について信義を旨とし誠実に履行する義務に違反したとき」に該当するものとして、履行の催告をすることなく直ちに専任媒介契約を解除することができます。
また、仮にA社が明確に媒介契約の義務違反をしていない場合でも、ご相談者様は、民法の委任契約の規定に従って、専任媒介契約をいつでも解除することができます。ただし、A社が媒介業務の履行のために既に広告費、交通費などの実費を支出していた場合は、専任約款14条を根拠に費用の償還を請求されるおそれがあります。
費用の償還請求など解除をめぐるA社とのトラブルを避けたいのであれば、専任媒介契約の有効期間は3か月を超えることができませんので、有効期間の終了まで待ち、更新をしなければ安全に専任媒介契約を終了させることができます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。