不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
不動産売却時の契約書を読む際のポイント
ご質問
私は、先日父が亡くなり土地建物を相続した者です。相続した土地建物は特に利用する人もいないので、売って処分することとしました。仲介をお願いした不動産業者さんから、買主さんとの間で取り交わす予定の「不動産売買契約書」を見せてもらったのですが、何に気をつけて読めばよいのでしょうか。
回答
1.不動産売買契約書を取り交わす意味
不動産の売買契約では、売主が自分の所有している(「所有権を有している」ともいいます。)不動産を買主に譲ること(「所有権を移転する」ともいいます。)、買主がこれに対してその代金を支払うことを約束します。
加えて、不動産を売る際には、登記や税金の支払いといった細かい手続が伴うこともあり、先ほどの不動産の所有権の移転や代金の支払いと併せて様々なことを取り決めます。
その上で、後々になって勘違いや争いが起こらないよう、こうした約束や取決めを、「不動産売買契約書」という書面に残し、その内容に間違いがないことを確認した証として、それぞれが署名、押印します。
契約書に署名、押印をするということは、こうした取り決めを守ると約束すること、言い換えれば、取り決めに拘束されるのを認めることを意味しますので、「不動産売買契約書」に署名、押印する際には、そこに書かれた内容を理解しておかなければなりません(もちろん、不明な点があるときは不動産業者に細かく確認することも重要です。)。
2.不動産売買契約書を読む際のポイント
それでは、不動産売買契約書を確認する際には、どこに注意すればよいのでしょうか。
不動産売買契約書には、ある程度決められた書式、内容があります。ここでは、その中から特に気をつけるべき点を挙げさせていただきます。
①不動産の引渡し、代金決済の時期
不動産の売買契約では、売主、買主双方同席で契約書に署名押印をする時(契約締結時)に、代金の支払いや不動産の引渡し、不動産の登記名義の移転をまとめて行わず、これらの手続(決済)を行う日を後日とすることが通常です。
この決済日まで、売主は、売買代金の全額を受け取ることができませんし、決済日までに、不動産を買主に引き渡せるよう、引越しや荷物の処分など準備を整え、(後ほどお話しする)測量や境界の明示を済ませておかないといけません。
したがいまして、契約書に書かれた決済日が、売買代金の入金日として資金繰りの関係で問題がないか、引渡しの準備等に十分な余裕のある時期となっているかを確認しておく必要があります。
②手付金に関する条項
不動産の売買では、契約締結時に、「手付金」として売買代金の一部(10パーセント程度)を支払うことがあります。
この「手付金」は、単なる代金の一部の支払いという機能だけでなく、いったん結んだ売買契約を途中で止めることができる機能も有しています。
すなわち、売主は、受け取った手付金の倍額を買主に払うことで(手付倍返し)、買主は、手付金を放棄する(支払ったままとする)ことで、それぞれ契約を解除することができます。これを「手付解除」といいます。
他方で、決済の直前になって手付解除をされては相手としてはたまったものではありませんので、手付金が設けられている契約では、手付解除ができる期限が設けられているのが通常です。
売主としては、手付金の条項があるか、手付解除ができる(買主から解除されてしまう可能性がある)期限がいつまでかを確認しておく必要があります。
③測量、境界の明示
土地の売買契約では、売主は、決済日までに、隣地の所有者等の立会いの下で土地の正確な面積を測量するとともに、隣地との境界を明示しなければならないこととされているのが通常です。
売主としては、売買契約を締結するまでに、隣地の所有者等の立会いが得られるか、境界について隣地との間で争いがないかを確認した上で、測量や境界の明示が難しい事情があれば、速やかに不動産業者と買主にその事情を説明し、契約の内容を変更すべきか相談する必要があります。
④登記簿上の面積と測量した面積とで差異が生じた場合の代金の清算
先ほどお話しした測量により土地の正確な面積が分かると、その面積が登記簿に記載された面積(登記簿上の面積)と違っているということがしばしばあります。
売買契約を締結する際には、登記簿上の面積に従って売買代金の金額を定めるのが通常ですので、測量により分かった実際の面積が登記簿上の面積よりも広ければ売主が損をすることになりますし、逆に狭ければ買主が損をすることになります。
そこで、こうした違いが生じた場合に備え、売買代金を増額又は減額して清算する条項が設けられることがあります(1平方メートル当たりいくらと単価を決める方法が通常です。)。逆に、こうした違いが生じても、売買代金は当初の取決めどおりとして清算をしないとすることもあります。
売主としては、測量した面積と登記簿上の面積とで違いが生じた場合に売買代金を清算する条項があるか、清算する場合の単価はいくらとなっているか、逆に清算条項は設けない方がよいのかを確認、検討する必要があります。
⑤違約金に関する条項
これまでお話ししてきたとおり、売買契約の締結により、売主は、不動産の引渡しや測量や境界の明示など様々な義務を負い、買主は、決済日に売買代金全額を支払う義務を負うこととなります。
契約を締結した当事者は、相手方がその義務を果たさなかったとき(契約違反、違約)は、一定の手続を踏んだ上で、売買契約を解除することができます。
加えて、売買契約を解除した者は、契約違反をした相手方に対して、契約違反により自分が受けた損害を賠償するよう請求することができます。
この際、売買契約において、あらかじめ「違約金」の定めがある場合は、実際に受けた損害がどれくらいかにかかわらず、違約金として定められた金額を支払うよう請求することができます。
売主としては、自分が契約違反をしたときに、買主から違約金の請求を受けるおそれがあること、逆に、買主が契約違反をしたときに、(測量費用、引越費用などの実際の損害にかかわらず)違約金の額しか請求ができないことを念頭においた上で、違約金の定めを設けるか、違約金の金額が妥当か否かを確認する必要があります。
⑥瑕疵担保責任の限定の有無
不動産の売買契約では、不動産を引き渡した後、土地の下にコンクリートがらが埋まっていた、建物に雨漏りがあったなど、目に見えないところに問題(これを「隠れたる瑕疵(かし)」といいます。)が見つかることが時折あります。
こうした不動産の「隠れたる瑕疵」が見つかった場合、買主は、売主に対し、その内容に応じて、売買契約を解除したり、修繕、損害賠償を求めたりすることができます。この売主の責任を「瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)」といいます。
しかしながら、特に売主が個人の方の場合、瑕疵担保責任はとても重い負担となります。
そこで、売買契約では、責任の範囲を雨漏りやシロアリの害など一部に限定する、買主が責任を追及できる期間を引渡しから3か月に限るなどして、売主の瑕疵担保責任を限定する取り決めがなされることが多くあります。
売主としては、瑕疵担保責任を限定する条項がきちんと設けられているか、それでも瑕疵担保責任を負ってしまう場合がどのような場合かをしっかりと確認しておく必要があります。
⑦固定資産税及び都市計画税の清算
固定資産税、都市計画税(以下「固都税」といいます。)は、毎年1月1日時点の所有者が納税するものとされています。そのため、売主は、売買を行った年度も固都税を納めないといけません。
しかしながら、固都税全額を売主が負担するというのは不公平なため、決済日を基準に、それ以降の固都税に相当する金額を計算し、買主が売主にその分を決済日に売買代金の残額とともに支払うこととされているのが通常です。
売主としては、固都税の清算に関する条項が設けられていることを確認しておく必要があります。
⑧融資利用の特約の有無
売買契約に際して、買主が、金融機関からの融資により売主に支払う売買代金を確保することがよくみられます。
この際、金融機関からの融資を得られなかった買主が契約違反(違約)とならないよう、買主のため、一定の期限までに融資が得られないことが明らかになったときは、買主は、何らの責任を負うことなく売買契約を解除できるとの特約(融資利用の特約)が設けられることがあります。
売主としては、融資利用の特約があるか否か、解除の期限として設定されている日が遅すぎて測量など準備が無駄になってしまわないかを確認しておく必要があります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。