不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
民法(債権法)改正を踏まえた不動産を売却する際の注意点
Q
私は、保有する不動産を売却しようと思っていますが、民法(債権法)が改正されると聞きました。民法(債権法)改正は、不動産の売主にどのような影響がありますか。
A
1.はじめに
令和2年4月1日に施行される民法(債権法)(以下「改正民法」。)は、民法(債権法)が制定されてから実に120年ぶりの大改正といわれています。不動産売買に関係する規律も、現行民法(令和2年3月時点。以下同じ。)と大きく変更される点があります。
以下では、その主たる変更点のうち、不動産の売主一般に影響の大きい点につき解説します。
2.瑕疵担保責任から契約不適合責任へ
現行民法では、不動産売買において不動産に欠陥・不具合(瑕疵)がある場合、瑕疵担保責任が適用されます。ここでの「瑕疵」とは、裁判例において「当該売買契約締結当時の取引観念上、その種類のものとして通常有すべき品質・性能、又は、当該売買契約に基づき特別に予定された品質・性能を欠くことをいう」とされています。いいかえると、売買の対象となる不動産について、売主と買主が特に約束しなくても要求される品質や性能と、特に約束した品質や性能の2つの要素を満たすかどうかが問題になるということです。
これに対し、改正民法では、現行民法の瑕疵担保責任は廃止されることになりました。代わりに、不動産が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」である場合の責任が適用されます(契約不適合責任)。ここでいう「契約の内容に適合しないもの」であるかは、合意の内容や契約書の記載内容だけでなく、契約の性質、当事者が契約をした目的、契約締結に至る経緯を始めとする契約をめぐる一切の事情に基づき、取引通念を考慮して評価判断されるべきものとされています。いいかえると、売主と買主が特に約束した内容と、特に約束していない内容の2つの要素が問題となるということです。
このように、現行民法の「瑕疵」の概念と、改正民法の「契約不適合」の概念は実質的に大きく変わるものではありません。そのため、現行民法において「瑕疵」に当たるものが、改正民法の「契約不適合」に当たらないとされたり、逆に、現行民法において「瑕疵」に当たらないものが、改正民法の「契約不適合」に当たるとされるケースは多くないであろうと考えられます。もっとも、改正民法においては現行民法よりも契約の趣旨や目的が重視されるため、売買契約書等にこれらを具体的に記載しておくことが重要となります。
3.「隠れた」瑕疵の廃止へ
現行民法における瑕疵担保責任は、「隠れた」瑕疵が対象となります。そのため、買主が対象不動産の欠陥や不具合を認識し又は認識していないことについて過失があるケースでは、基本的に、売主は瑕疵担保責任を負いませんでした。これは、買主において明白な瑕疵は売買代金決定に当たって織り込まれている、つまり、売買代金が瑕疵の分、減額されているはずであるという考え方に基づくものです。
これに対し、改正民法における契約不適合責任は、契約不適合が「隠れた」ものであることを要件としていません。これは、欠陥・不具合が売買代金決定に当たって織り込まれているか否か、つまり、売買代金が欠陥・不具合の分、減額されているか否かの判断は、契約不適合があるといえるか否かの判断に帰着すると説明されています。そのため、買主が対象不動産の欠陥や不具合を認識し又は認識し得たとしても、「契約の内容に適合しない」といえる場合に限って、売主は契約不適合責任を負うことになります。いいかえると、買主が認識している不動産の欠陥・不具合があることをもって、「契約の内容に適合しない」とは当然にはいえないということです。
このように、現行民法では、買主が過失により瑕疵の存在を認識していない場合でも、売主は基本的に責任を免れることができましたが、改正民法では、買主がたとえ欠陥・不具合を認識していても、売主は当然に責任を免れるわけではなくなりました。そうしますと、改正民法における不動産の売主としましては、売主が認識している不動産の欠陥・不具合を売買契約書・重要事項説明書・物件概要書等で明示し、売主が責任を負わない(又は負う)旨を明確にしておくことが望ましいでしょう。
4.追完請求権、代金減額請求権の創設へ
現行民法における瑕疵担保責任において、買主は、損害賠償請求や契約の解除のみすることができました。不動産売買契約書の書式においても、瑕疵担保責任の内容として、損害賠償請求や契約の解除のみならず、土地建物の両方につき瑕疵修補請求が規定されたり代金減額請求が規定されたりすることは多くありませんでした(例えば、(社)全国宅地建物取引業協会連合会や(財)不動産適正取引推進機構の不動産売買契約書の書式では、損害賠償請求や契約の解除に加えて、建物についての瑕疵修補請求のみが規定されています)。
これに対し、改正民法における契約不適合責任において、買主は、上記損害賠償請求や契約の解除に加えて、欠陥・不具合の修補や代替物の引渡し等を内容とする追完請求や、欠陥・不具合部分相当額の代金減額請求ができるようになりました。
このように、改正民法下では、売主は、特約がなくても、追完請求や代金減額請求をされるようになりました。売主としてこれらを望まない場合には、その旨を契約書上明記する必要があります。
5.まとめ
以上のとおり、売主にとって、改正民法下では、契約書等の作り込みがより重要になりますので、媒介業者や法律専門家等と入念な打ち合わせを行った上で契約書等を作成し、売主として不測の義務を負わないようにする必要があります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。