不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
人が亡くなった建物を売却する際の注意点~国土交通省によるガイドライン(案)の公表を受けて
Q
私は、昨年亡くなった父から相続したマンションの一部屋(以下「本件部屋」といいます。)を売却しようと検討しております。
本件部屋は長らく賃貸に出しているのですが、生前に父から聞いた話では、今から約10年前に本件部屋で自殺または自然死など原因は明らかではないですが遺体が発見される事件があったそうです。
事件の後なんとか賃借人が見つかったようですが、賃料は安くせざるを得なかったと聞いています。
現在は、本件部屋は空室となっていますが、私が売却する際に10年も前の事件のことを買主に説明しなければならないのでしょうか。
A
1.人の死に関する告知義務
不動産の売買や賃貸において、対象となる不動産に他殺、自殺、事故死など人の死に関わる嫌悪すべき歴史的背景があることは、特に住宅として用いられる不動産では、住み心地の良さを欠くとして、その価値を低下させ得るものとなります(一般に「心理的瑕疵」又は「心理的欠陥」と呼ばれています。心理的瑕疵については、本コラム2019年2月号もご参照ください。)
心理的瑕疵は、買主又は借主にとって売買契約や賃貸借契約を結ぶかどうかの判断に重要な影響を及ぼし得るものです。そこで、過去の裁判例では、売買契約又は賃貸借契約の目的、人が亡くなられた事案の内容、その事案発生からの時間の経過、近隣住民の周知の程度などを考慮した上で、売主又は貸主が心理的瑕疵の告知義務を負う場合があると判断されています。
売主が心理的瑕疵の告知義務を負っている場合に、その義務を怠り告知をしないまま不動産を売却した場合、買主から売買契約が解除されたり、買主に対し損害賠償責任を負ったりすることがあります。
もっとも、心理的瑕疵の事案の内容や程度は、他殺や自殺であるか、自然死であるか、事案からどれくらいの年月が経っているかなど様々であり、どのような場合に告知義務を負うのかが問題となります。
2.人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン
どのような場合に心理的瑕疵の告知義務を負うのか従来は明確な基準がなく、過去の類似の裁判例を参照して判断するほかありませんでした。
そのような状況の中で、令和3年5月20日に国土交通省から、「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン(案)」が初めて公表されました(以下「心理的瑕疵ガイドライン」といいます。ただし、同ガイドラインは、パブリックコメント(意見公募)を経て、正式に決まるため、内容が変更となる場合がありますことをご留意ください)。
心理的瑕疵ガイドラインは、直接的には宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)を対象として、心理的瑕疵についての調査義務及び告知義務を定めたものです。もっとも、売主又は貸主本人も媒介又は代理を行う宅建業者から調査を受けた場合は、自らが認識している範囲で心理的瑕疵の情報を伝えなければならないと解されています。また、売主又は貸主本人に告知義務が無かったとされた事案でも、心理的瑕疵が「契約不適合」に該当するとして売主又は貸主が責任を負うと判断される場合がございますので(契約不適合に関する売主の責任につきましては、本コラム2020年3月号をご参照ください。)、売主又は貸主本人にて心理的瑕疵を把握している場合には、あらかじめ買主又は借主にその旨を説明して容認してもらう必要があることもございます。
そのため、売主及び貸主本人の立場からも、今後は、心理的瑕疵ガイドラインが、その告知義務の有無を判断する基準となることが期待されます。
3.心理的瑕疵ガイドラインが示す告知義務の基準
心理的瑕疵ガイドラインが示す宅建業者の告知義務の基準は、以下のとおりです。
⑴ 他殺、自殺、事故死その他原因不明の場合
過去に他殺、自殺及び事故死(日常生活中の不慮の事故は除きます。)が生じた場合、これらは契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性があるため、事案の発生時期、場所及び死因(不明である場合にはその旨)について、原則として、買主又は借主に対する告知義務があるとされています。
また、事故死か自然死か明らかでないなど過去に原因が明らかでない死が生じた場合においても、原則として告知義務があることには注意が必要です。
⑵ 自然死又は日常生活の中での不慮の死が発生した場合
老衰又は持病による病死などのいわゆる自然死及び階段からの転落、入浴中の転倒又は食事中の誤嚥などの日常生活中の不慮の死が生じた場合、そのような死が生じてしまうことは当然に予想されるものであり、契約締結の判断に重要な影響を及ぼす可能性は低いと考えられるため、原則として、買主又は借主に対する告知義務はないとされています。
ただし、自然死又は日常生活中の不慮の死であっても、長期間にわたって人知れず放置されたなどの事情により、室内外に臭気・害虫が発生し、消臭や消毒のためのいわゆる特殊清掃等が行われた場合は、契約締結の判断に重要な影響を及ぼす可能性があるため、事案の発生時期、場所及び死因に加えて、発見時期及び臭気・害虫が発生した旨について、買主又は借主に対する告知義務があるとされています。
⑶ 売買契約と賃貸借契約の告知義務の差異
賃貸借契約の場合は、住み心地の良さへの影響が、賃借人が変わることによって希薄化していくこと、賃貸の可否や賃料への影響が出る期間も限定的であることなどを踏まえ、上記の基準に従い告知義務がある事案であっても、事案の発生から概ね3年間経過した場合は、特段の事情がない限り告知義務を負わなくなるとされています。
これに対して、売買契約の場合は、取引金額やトラブルが生じた場合の損害が高額になるなど、一般的に賃貸借契約の借主に比べると売買契約の買主の方が被る不利益が大きいため、事案の発生から一定の年数が経過したとしても告知義務を負わなくなることはありません。
4.まとめ
ご相談者様の事案では、売却対象の部屋において過去に自殺または自然死など原因が明らかでない死亡事件があったとのことですが、心理的瑕疵ガイドラインに従えば、原則として告知義務を負うことになります。
また、売買契約の場合は、当該死亡事件から10年が経過していたとしても告知義務がなくなることはありませんので、ご相談者様が知り得る範囲で事案の発生時期、場所及び死因を買主に告知していただく必要があります。
今後、心理的瑕疵ガイドラインは、宅建業者のみならず取引当事者が、心理的瑕疵に関する紛争を未然に防ぐための判断基準となるものと思われます。
先ほど申しましたとおり、心理的瑕疵ガイドラインは、本コラム掲載時点においてはまだ案の状態であり、パブリックコメント(意見公募)を経て、正式に決まる予定となっておりますので、今後の動きにも注視が必要です。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。