不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
建設受託・管理一体型サブリース契約の解約
Q
私は、建設業者の勧めにより、相続税対策として、土地上に賃貸建物(以下「本件建物」といいます。)を建て、いわゆるサブリース業者との間で、本件建物を一括で借り上げる賃貸借契約(以下「マスターリース契約」といいます。)及び本件建物の点検・清掃・修繕等を委託する建物管理委託契約を、契約期間をそれぞれ20年間として締結しました。
契約締結当初は、本件建物の入居者の有無にかかわらず、サブリース業者から一定の賃料が保証されていた上、本件建物の点検等についても任せられることから、安定した賃貸建物運営ができていました。
しかし、マスターリース契約において私が受け取る賃料は、2年ごとに改定されることになっており、ちょうど契約期間満了の20年目を迎えようとする現在においては、契約締結当初に比べ賃料がだいぶ下がった上、サブリース業者からは、契約更新時に更に賃料を減額すると伝えられています。建設業者からは、20年間で投下資本を回収できると説明を受けていましたが、それは到底できない状況です。
また、サブリース業者の建物管理状況が悪く、入居者からの苦情があったり、入居者が退去する事態が生じているのに、その状況の改善がみられません。
私は、本件建物を売却しようと考えていますが、今のサブリース業者のままでは低額でしか売却できない見込みのため、サブリース業者を変更すべく、サブリース業者にマスターリース契約及び建物管理委託契約を更新しない旨を通知しました。
ところが、サブリース業者から、マスターリース契約の更新拒絶には正当事由が必要であるところ、本件では正当事由がないため、マスターリース契約の更新拒絶には応じられない、建物管理委託契約はマスターリース契約と不可分一体であるため、建物管理委託契約の更新拒絶にも応じられないと主張されてしまいました。
サブリース業者の主張は正当でしょうか。
A
1 はじめに
マスターリース契約の賃貸人からの更新拒絶にも借地借家法の適用があり、契約期間が満了する場合であっても、賃貸人から更新を拒絶するためには、契約期間満了の1年前から6月前までに更新拒絶の通知を行い、かつ更新拒絶についての「正当事由」が必要となります(借地借家法26条、28条。本コラム2020年10月号「サブリース物件を売却する際の注意点」)。この点は、賃貸住宅管理業法が令和2年12月に施行されたのに伴い、国土交通省が定めるマスターリース契約の標準契約書2条3項ただし書においても明記されました。
他方、建物管理委託契約の委託者からの更新拒絶には、正当事由は必要とされていません。むしろ、建物管理委託契約については、一方的な途中解約が認められているのが一般的です(本コラム2023年4月号「マンション管理委託契約の解約」)。
2 正当事由の有無について
正当事由の有無は、主に、①賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情、②賃貸借の従前の経過、③建物の利用状況、④建物の現況、⑤立退料の申出を考慮しますが、この中でも、特に重要なのが、①賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情です(本コラム2019年3月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1)」)。
マスターリース契約では、賃貸人が自分自身で建物を直接占有して使用するという意味での自己使用を目的として契約を締結しているわけではないことから、サブリース業者が主張するように、マスターリース契約において正当事由が認められる例はほとんどありません。
もっとも、本件のような、建設受託・管理事業一体型のマスターリース契約については、賃貸借契約という形式を主要な要素としながらも、投資家である賃貸人と実業担当者であるサブリース業者との間の共同収益事業という複合契約的な側面があります。
そこで、建設受託・管理事業一体型のマスターリース契約の解消の是非を検討するに際しては、契約締結に至る経緯、契約の履行状況、当事者双方における投資と収益の均衡、双方当事者の契約存続に対する期待及びその要保護性の程度、サブリース業者の実績などを評価し、契約実態に即応した形で、上記①から⑤の要素を考察するのが相当であるとする裁判例もあります(東京地方裁判所平成25年3月21日判決)。
上記裁判例に照らすと、本件事案では、マスターリース契約の更新拒絶に正当事由が認められる可能性は十分にあります。
3 マスターリース契約と管理委託契約の一体性
実務上、マスターリース契約と建物管理委託契約は同一の機会に締結され、その内容が一通の契約書に記載されていることがあります(国土交通省が定めるマスターリース契約の標準契約書も同様です。)。
このような場合、サブリース業者が主張するように、建物管理委託契約は、マスターリース契約と不可分一体の契約として更新拒絶が認められなくなりそうです。
もっとも、本件事案のように、マスターリース契約と建物管理委託契約が別に締結され、賃貸借の対象、賃料、転貸借の承諾、敷金その他の建物賃貸借に係る約定と、管理業務の内容、遵守事項、管理委託料その他の管理委託に係る約定とが明確に区別されている場合、マスターリース契約と建物管理委託契約は不可分一体の契約ではないとして、マスターリース契約の更新拒絶が認められなくとも、建物管理委託契約の更新拒絶は認められる可能性があります(東京地方裁判所平成21年3月11日判決参照)。
4 最後に
建設受託・管理一体型サブリース契約における正当事由の有無の判断や、マスターリース契約と同一の機会に締結された建物管理委託契約の法的位置付けは、いずれも確立した考えがまだないため、専門家と相談しながら進めるのが望ましいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。