不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
手付金により売買契約の解除を主張された際の注意点(2)
Q
私は、親から実家の土地建物を相続しました。もっとも、私は既に自己所有の建物があるため実家を利用する予定がありません。そこで、私は相続した実家を売却することにしました。
建物を解体して更地にし、実家の土地は約100坪と広いため3筆に分筆した上で、実家の土地を売却することにしました。建物の解体完了後、土地分筆前に買主が現れたため、土地を分筆することを条件として売買契約を締結しました。私は、売買契約締結時、手付金として売買代金の1割を受領しました。
土地の分筆が完了した後、買主から手付を放棄するので売買契約を解除する旨の申し入れがありました。
いまさら買主が手付を放棄することによって、売買契約を解除することができるのでしょうか。
A
1 何が問題か
売買契約締結時に手付が交付された場合、一般に、当該手付は解約手付の性質を有しているとされ、買主は売主に支払った手付を放棄することにより、当該契約を解除することができます。
もっとも、解約手付による契約解除は、契約締結後いつまでも行えるわけではありません。解約手付による契約解除は、相手方が「履行に着手」するまでに行わなければなりません。「履行に着手」とは、「客観的に外部から認識できるような形で履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合のこと」を指し、債務者が履行期前に債務の履行のためにした行為が、「履行の着手」に当たるか否かについては、当該行為の態様、債務の内容、履行期が定められた趣旨・目的等諸般の事情を総合勘案して決すべきとされています。
本件では、売主が土地を分筆したことが「履行の着手」に当たるかどうかが問題となります。
なお、手付解除についての一般論については、詳しくはバックナンバー2019年9月号を参考にしてください。
2 「履行の着手」にあたるか
土地を分筆することが売主の契約上の債務になっていたとしても、土地を分筆すること自体は、本来、売買契約の対象となる土地の範囲を確定するために必要なものです。そこで、土地を分筆することは、売買契約の債務の履行行為の一部とはいえず、「履行の着手」に当たらないとした裁判例があります。この裁判例の見解によると、本件買主は手付を放棄することによって本件売買契約を解除することができることになります。
もっとも、上記裁判例の事案は、売主が買主に対し買主のローン内定後に分筆を行うと説明していたにもかかわらず、ローン内定前に分筆を行っていたり、売主の行為に起因して買主のローン申込手続が中断していたという、売主側に信義にもとる事情があります。そのため、上記裁判例が示した、土地の分筆は、売買契約の債務の履行行為の一部とはいえず「履行の着手」に当たらないとの見解を直ちに一般化することは難しいでしょう。
売主が売買対象土地について分筆することは、上記のような特別な事情がない限り、売買契約の債務の履行行為の一部として「履行の着手」に当たると解されます。
3 おわりに
土地の分筆が「履行の着手」に当たるか否かという単純に見える問題であっても、諸般の事情の総合勘案のもとで、慎重な判断を求められることがあることに留意する必要があります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。