不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
ペット飼育禁止ルールがあるマンションの一室の売却
Q
私は、30年ほど前に東京都内にマンションを一室購入して住んでおりましたが、このたび、父親の面倒を見るために夫婦で私の実家に引っ越すこととし、そのマンションを売却することにしました。
知人を介して無事に買主さんも見つかり、条件もほぼ煮詰まり来週には契約を締結する予定なのですが、1点、うっかりしていた点がありました。
先日、内部の見学のために買主さんがマンションにいらした際、私は、買主さんから、「マンションで犬を飼いたいのですが大丈夫でしょうか。」と尋ねられました。私は、私たち一家も10年ほど前までマンションで猫を飼っていた経験からペットを飼うのは問題ないと考えており、「私たちも昔猫を飼っていたので問題ないですよ。」とその場で答え、たまたまその場を離れていた仲介業者の担当者さんにも特に報告していませんでした。
ところが、3年ほど前、マンション内である方の飼っていたペットが問題を起こしたことを受け、マンションの管理組合規約が改正され、その時点で飼っているペットを飼い続けるのはよいが、新しくペットを飼うことは禁止することとされていたのです。私は、マンションの管理組合にあまり積極的に関与しておらず、しかも管理組合規約の改正の時にペットも飼っておりませんでしたので、改正をすっかり忘れていました。
ペットが飼えるかどうかはそれほど大した問題でないようにも思えますし、契約の締結も来週に迫っておりますので、できればこのまま契約の締結を進めてしまいたいのですが、管理組合規約の改正の話を今からでも買主さんにしなければならないのでしょうか。
A
1.売主が買主に対して説明義務を負う場合
不動産の売買において、売主と買主とは交渉の相手方同士ですから、あえて相手方に自分にとって不利な情報を開示する必要はないようにも思えます。
しかしながら、裁判例では、「不動産売買における売主は、その売買の当時、購入希望者に重大な不利益をもたらすおそれがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される事項を認識していた場合には、売主は、売買契約に付随する信義則上の義務として、購入希望者に対して当該事項について説明すべき義務がある」と判断されています(東京地裁平成28年3月11日判決)。
少しかみ砕いて説明しますと、売買契約を結ぶための交渉を行っている売主と買主とは、互いに相手方の信頼を裏切らないよう誠実に行動すべき(これを「信義誠実の原則」又は「信義則」といいます。)義務を負っているところ、売主は、不動産の所有者として、その不動産に関する情報を買主(購入希望者)よりも多く有しているのだから、ありとあらゆる情報までを告知、説明する必要はないが、買主が契約を締結するかどうか決定するのに影響すると売主の目から見ても予想される情報については、買主の信頼を裏切らないよう、告知、説明しなければならないと解されているのです。
2.ペット飼育の可否が契約を結ぶかどうかに影響を与えるのか
ペットに対して、家族同然のかけがえのない存在と感じる方もいれば、鳴き声や糞尿などを理由に強い嫌悪感を抱く方もいます。前者の立場の方からすれば、ペット類の飼育が可能なマンションを購入したいと考えられるでしょうし、後者の立場の方からすれば、我が家の近くにペットがいない生活の確保のため、ペット類の飼育が禁止されているマンションを購入したいと考えるでしょう。
それゆえ、「マンションにおいてペット類の飼育が禁止されているのか、可能であるのかは、購入者にとって、契約締結の動機を形成するに当たって重要な要素となることもあり得る」と解されています(大分地裁平成17年5月30日判決)。
3.売主の目から見ても買主にとってペットが飼えるかが重要だったといえるか
もっとも、不動産の売買契約において売主が説明義務を負うのは、「買主が契約を締結するかどうか決定するのに影響すると売主の目から見ても予想される情報」です。
マンションの一室の売買契約を結ぶ際に、ペットが飼えるかどうかが特に話題になっていなかったのであれば、ペットが飼育できるかが買主にとってどれほど重要かは、売主の目からは分かりません。それゆえ、その場合には、売主が、買主に対して、ペットの飼育の可否をわざわざ説明する義務を負っているとはいい難いでしょう。
他方で、ご相談のケースでは、買主は、売主であるご相談者様ご本人に対して、マンションで犬を飼いたいので犬を飼うことができるのかを直接質問されています。
この場合、売主であるご相談者様の目から見ても、買主が、ペットを飼育できることがそのマンションを購入することを決める理由の1つになっていることは、予想できたといえます。
したがいまして、ご相談のケースでは、今からでも、ご相談者様は、買主に対して、マンションの管理組合規約が改正され新しくペットを飼うことが禁止されていることを説明される義務を負うものと考えます。
なお、宅地建物取引業者ではないご相談者様のような方の場合、説明義務の範囲を狭く解する裁判例も数多くございますが、それでも、ご相談のケースの場合、ご相談者様が直接買主から質問を受けられている上、それに対してペットが飼育できると誤った情報を伝えられてしまっていますので、やはりご相談者様は、正しい情報を改めてご説明いただく必要があると考えます(東京地裁平成25年3月29日判決、大阪高裁平成16年12月12日判決など参照)。
4.まとめ
ご相談者様は、買主からの質問につきその場で回答したきりで仲介業者(宅地建物取引業者)には報告していなかったとのことですが、もし仲介業者がご相談者様から報告を受けていれば、管理組合から取り寄せた管理組合規約を確認する、管理組合に問い合わせるといった方法を通じ、本当にペットが飼えるのか調べるなどの対応を前もって行えた可能性は十分にあったと思われます。
不動産の売却に際しましては、仲介を依頼している宅地建物取引業者との間で、常に情報を共有、相談しながら手続を進めていくことが重要です。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。