不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
借地権付き建物の遺贈と賃貸人の承諾の要否
Q
私は、25年前からある土地を借りて、そこに建てた建物に長らく住んでいる者です(以下、土地を「本件土地」、建物を「本件建物」といいます)。
また、私は、35年前にある株式会社を設立し、経営してきました(以下「本件会社」といいます)。小規模ながらもつつがない経営ができていると自負しています。
ところで、私は、今年で75歳を迎えるのですが、今般、初期の胃がんと診断されて手術を受けることになり、いわゆる「終活」を意識するようになりました。
私は、長らく本件会社の経営のために人生を捧げてきましたので、妻も子もいません。私にとっては、本件会社が自分の子どものようなものです。
私には兄と弟がおりますが、学生時代のとある出来事(思い出したくもありません)がきっかけで私が実家を飛び出したため、一切交流はありません。私としては、私に何かあった際に、兄や弟が相続人として本件建物の権利を主張してくるのだけは受け容れられません。
本件会社は、私の自宅である本件建物から徒歩圏内に位置していますので、私としては、本件会社に本件建物を譲り、有効に活用してもらいたいと考えています。
私は、本件建物を本件会社に売却することを考えたのですが、本件建物は借地の上に建っていますので、売却に当たっては、本件土地の所有者である地主の方(以下、単に「地主さん」といいます)の承諾なしに売却はできないと知りました。
私は、自分の保有する本件会社の株式のこともあり、私は遺言を作成する予定を立てていたところ、私が死んだときに本件建物を本件会社に譲るとの内容を遺言に盛り込むことを考えました。
この方法であれば、地主さんの承諾が要らないようにも思ったのですが、いかがでしょうか。
A
1 借地権付き建物の譲渡と賃貸人(地主)の承諾
ご相談者様も指摘されていたとおり、借地権付き建物は、賃貸人である地主の方に無断で譲渡することはできないとされています。
借地権は、建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約であるところ、賃貸借契約に基づく賃借権は、賃貸人の承諾なしに譲渡することはできないとされているからです(賃借権の無断譲渡の禁止(民法612条1項))。
これは、賃貸借契約にて、賃貸人が賃借人に対してある物(賃借物)を一定期間にわたって継続して使用させることを承諾するのは、賃貸人と賃借人との間で信頼関係があるからこそであって、賃借人の一存だけで、信頼関係があるわけではない第三者にその物を使用されては賃貸人がたまったものではない、という考えに基づくものです。
この規定に違反し、賃貸人の承諾なしに賃借権を第三者に譲渡してしまうと、賃貸借契約が解除されてしまうおそれがあります(民法612条2項。ただし、裁判例は、上記の「信頼関係」に鑑み、その無断の譲渡が「背信的行為」(背信行為)と認めるに足りない特段の事情があるときには、なお解除は認められないとの考えを採っています(最高裁昭和28年9月25日判決))。
本件建物は、借地の上に建っていますから、本件建物を売却する際には、借地権と一緒に譲渡することになります。
そのため、本件建物を本件会社に売却する際には、借地権の譲渡(売却)も伴いますので、地主の方の承諾が必要となるわけです。
2 遺贈と賃貸人の承諾
⑴ 遺贈とは
ご相談者様は、遺言の中に、ご相談者様が亡くなられたとき本件建物を本件会社に譲るとの内容を盛り込まれることをご検討されているとのことです。
このように、遺言される方(遺言者)が、遺言によって、他の方に自己の財産を譲ることを、「遺贈(いぞう)」といいます(民法964条)。この遺贈を受けられる方を、「受遺者(じゅいしゃ)」といいます。
遺贈には、包括遺贈(ほうかついぞう)と特定遺贈(とくていいぞう)の2種類がございます。
このうち、特定遺贈とは、遺言者が遺言によって受遺者に与える物を特定した遺贈を指します。例えば「別紙物件目録記載の建物をAに譲る」、「自分の保有するB株式会社の株式300株のうち100株をCに譲る」などが当たります。
これに対し、包括遺贈とは、遺産の全部又は一定の割合を指定して行う遺贈を指します。例えば「私の財産すべてを友人のDに譲る」、「私の財産の2分の1を学校法人Eに寄付する」などが当たります。
包括遺贈は、特定遺贈と異なり、借金を始めとする債務まで受遺者に承継されます。
⑵ 遺贈と賃貸人の承諾の要否
相続人が借地権を相続する場合には、「譲渡」には当たらないとして、地主の方の承諾は不要と解されています。
一方で、遺贈の場合も同様かと申しますと、そうとはいえません。
まず、特定遺贈については、地主の方の承諾が必要と解されています(東京高裁昭和55年2月13日判決(特定遺贈の事案と推察されます)。)。遺言によるものとはいえ、第三者に借地権付き建物を譲渡することは変わらない以上、前記1で申しました地主の方の承諾を必要とする考えは同様である、との観点に立っているものと思われます。
次に、包括遺贈については、「包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する」(民法990条)とされていることもあり、先ほど申しました相続人による相続の場合と同様、地主の方の承諾は不要とする考えもございます。
他方で、弊職の調べる限り、包括遺贈の場合に地主の方の承諾は不要と明確に判断した裁判例は存しません(東京地裁平成19年7月10日判決は、地主に無断での包括遺贈を受けた遺言者の甥に対する地主の立退請求を退けたものですが、「包括遺贈を受けたのであるから、その旨を地主に伝えれば十分であり」と承諾を不要としているように読める記載はあるものの、前記1で申しました「背信的行為」があったとはいえないことを直接の理由としていますので、承諾不要と明確に判断しているとまではいいきれないと思われます)。
むしろ、包括遺贈であっても、遺言者の方のご意思によって、第三者にその権利(と義務)を譲渡することは特定遺贈と同様ですので、前記1の考えはなお当てはまるとも考えられます。
そのため、現段階においては、特定遺贈であるか、包括遺贈であるかを問わず、借地権付き建物を遺贈するためには、地主の方の承諾が必要であり、この点において、売却に対して特に有利な点があるとはいえないのではないかと考えます。
3 最後に
遺言を作成される場合には、ご相談者様がお持ちの財産の全体を把握した上で、どの財産を何方に引き継いでいただくのがご相談者様のご希望に沿うのかをそれぞれのケースに合わせて検討することが必要です。
また、相続税についても検討が不可欠です。
そのため、遺言のご作成に当たっては、可能な範囲で、お早めに弁護士や税理士を始めとする専門家にご相談されることをお勧めいたします。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。