不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
自分の所有していない不動産を売却することになった場合の注意点
Q
私は、亡くなった父から相続した土地(以下「本件土地」といいます。)を売却しようと考えています。
本件土地の隣には、伯父の所有する本件土地の3分の1程度の面積の土地があり(以下「本件隣地」といいます。)、生前の父が伯父から無償で借りて駐車場として使用していました。
先日、伯父から、父の死後使用されていない本件隣地を売却したいが、本件隣地は単独で売買するには面積が小さいため、相場より廉価でも構わないので私に売却したいと申入れがありました。
地元の不動産業者に相談したところ、ちょうど本件土地と本件隣地を併せた面積くらいの土地を探している買主(以下「A」といいます。)がいるので、是非売却して欲しいと言われました。
私は、これから伯父との間で本件隣地の売買契約を結ぶ予定ですが、Aが事業を始めるために土地の購入を急いでいるようで、Aから提示された代金額も魅力的であったため、すぐにでもAとの間で本件土地と本件隣地の売買契約を結んでしまおうと考えております。
私が伯父から本件隣地を取得する前に、Aとの間でまだ伯父のものである本件隣地を含んだ売買契約を結んでも問題ないでしょうか。
A
1.何が問題か
本件で、ご相談者様は、伯父様との間の売買契約に基づき本件隣地の所有権を取得する前に、Aとの間で本件土地と本件隣地の売買契約を結ばれようとしています。
そのため、ご相談者様は、Aとの売買契約の時点では、伯父様から本件隣地の所有権を取得されていないため、本件隣地についてはその売買契約の当事者ではない他人の所有物を売買契約の対象(目的物)としていることになります。
このように他人の権利の全部または一部を目的とする売買契約を「他人物売買」といいます。
それでは、他人物売買を有効に行うことは可能なのでしょうか。また、伯父様との売買契約が成立せず、本件隣地の所有権を取得できなかった場合、ご相談者様は、Aに対して、どのような責任を負うことになるのでしょうか。
2.他人物売買の可否
⑴ 他人物売買の有効性と売主の義務
所有権を含む財産権は、それが売主以外の者に帰属していても売買の対象(目的)とすることができると解されています。
そのため、他人物売買も民法上有効な売買契約として成立します。
他方で、売買契約は、売主が、ある財産権を買主に移転すること、買主が、その代金を売主に支払うことをそれぞれ約束しあう契約です。
他人物売買であっても、売買契約であることに変わりはありません。
そのため、他人物売買では、売主は、買主に対し、他人の権利(ご相談のケースでは所有権)であったとしても、それを買主に移転することを約束したことになります。
その結果、他人の所有物を目的物とする他人物売買において、売主は、その他人の所有物の所有権を取得した上で、これを買主に移転する契約上の義務を負います(民法第561条)。
⑵ 宅地建物取引業法による他人物売買の規制
上記⑴のとおり、他人物売買も民法上有効であると解されていますが、実際の不動産取引では、売買契約締結後に売主が所有権を取得できなかった場合、買主が不測の損害を被り、十分な救済を受けられないことも多くあります。
このような事態を防止して消費者を保護するため、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)は、宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)が自ら売主となって他人物売買を行うことを原則として禁止しています。(宅建業法第33条の2)。
詳細は割愛いたしますが、例外的に宅建業者が自ら売主となって、他人物売買を行えるのは、これに先立って他人物である宅地または建物を取得する契約を締結しているなど一定の場合に限られます。
3.他人物売買の売主の責任
先ほど申し上げたとおり、他人物売買の売主は、その他人物の所有権を取得して、これを買主に移転する義務(債務)を負っています。もし売主がこの義務を履行できないと(不履行)、売主は、買主に対し、債務不履行の責任を負うことになります。その責任の内容は、他人物が売買契約の目的物の全部であるか一部であるかによって異なります。
⑴ 目的物の全部が他人物の場合
目的物の全部が他人の所有物の場合、売主は、その所有権を買主に対して移転する債務をすべて履行できないことになりますので、買主は、売主に対して、売主の債務不履行に基づき以下の権利を行使することができます。
①損害賠償請求権(民法第415条)
②契約の解除権(民法第541条、第542条)
⑵ 目的物の一部が他人物の場合
目的物の一部が他人の所有物の場合、売主は、自己が所有する部分についてはその所有権を買主に移転することができる一方、他人の所有する部分についてはその所有権を買主に移転することができないことになります。
この場合は、売買契約の目的物の一部が、契約の内容に適合しない場合と同様に考えることができます。
そこで、買主は、売主に対して、契約不適合責任に基づき以下の権利を行使することができます(契約不適合責任の詳細は、本コラム2020年3月号をご参照ください。)。
①他人物部分の履行の追完請求権(民法第565条、第562条)
②他人物部分に応じた代金の減額請求権(民法第565条、第563条)
③損害賠償請求権(民法第565条、第564条、第415条)
④契約の解除権(民法第565条、第564条、第541条、第542条)
ただし、④の契約の解除権については、債務不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微な場合には行使できないこととされています(民法第541条ただし書)。そのため、買主に所有権を移転することのできなかった他人物部分の範囲が軽微な程度に止まる場合は、買主が解除権を行使できないことがあります。
4.まとめ
ご相談者様の事案でも、伯父様から本件隣地の所有権を取得する前に、Aとの間で本件土地及び本件隣地の売買契約を締結されることは、本件隣地部分が他人物売買となるものの、売買契約自体は、有効に結ぶことができます。
ただし、ご相談者様がAとの売買契約で定めた目的物の引渡期日までに伯父様から本件隣地の所有権を取得できず、目的物の一部の所有権を買主に移転できなかった場合の責任として、Aから、代金の減額請求や損害賠償請求を受けるおそれがあります。
さらに、Aは、事業に利用するために本件土地と本件隣地を併せた面積の土地を取得することを売買契約の目的としているとのことです。
そのため、Aが本件隣地の所有権を取得できない場合、Aからこのたびの売買契約を解除されてしまう可能性も高いと拝察いたします。
このように、ご相談者様は、何らかの理由で伯父様から本件隣地の所有権を取得できなかった場合、Aから法的な責任を追及されるリスクがありますので、伯父様から所有権の移転を受けた上で売却活動を始められた方がよろしいかと存じます。
やむを得ず伯父様から本件隣地の所有権を取得する前にAとの売買契約を締結されるのであれば、少なくとも、先立って伯父様との売買契約を締結し、Aとの売買契約においては、引渡期日までに伯父様から本件隣地の所有権を取得できなかった場合には、何らの責任を負わずに白紙解除できるとの特約を定めるなど、リスクを低減する方法を検討すべきかと存じます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。