不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
契約不適合責任として修補すべき建物の不具合の範囲
Q
私は、20年近く前に東京近郊に土地を購入、戸建ての建物を建築して家族で住んでいたのですが、子どもたちの独立に合わせ、両親の介護のために両親のいる関西に引っ越すこととなり、土地建物を売却することにしました。
仲介業者さんのご尽力もあり、東京近郊にマイホームを探している個人の方との契約がすぐにまとまり、2020年9月27日に契約書に調印、2020年12月19日に土地建物を買主の方に引き渡しました。
ところが、年が明けて2021年1月になり、仲介業者さんを通じて、私の売った建物に不具合があったとの連絡を受けました。
お話によると、台所の換気扇に初めて電源を入れたところ全く換気扇が動かなかったそうです。
私が売主として署名押印した契約書である「不動産売買契約書」には、以下の条項がありました。
【条項の内容】
第13条(契約不適合による修補請求等)
1 売主は、買主に対し、引き渡された土地及び建物が品質に関して契約の内容に適合しないもの(以下「契約不適合」という。)であるときは、引渡完了日から3か月以内に通知を受けたものに限り、契約不適合責任を負う。
2 売主が負う前項の契約不適合責任の内容は、修補に限るものとし、買主は、売主に対し、前項の契約不適合について、修補の請求以外に、本契約の無効、解除、売買代金の減額請求または損害賠償の請求をすることはできないものとする。また、売主は、買主に不相当な負担を課すものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による修補をすることができる。
私の売った建物にあった換気扇は、木製のカバーが使われているなど、少し特殊な造りになっていた上、私も妻も料理が趣味で換気扇を長い時間回しっぱなしにすることも多々ありましたから、早く劣化してしまったのかもしれません。
私は、仲介業者さんとも相談して、先ほどの条項に従い、私の費用負担で台所の換気扇の交換に応じることにしました。仲介業者さんの紹介してくださった業者さんによると、今流通しているごく一般的な換気扇に交換する場合、その費用は全体で10万円程度との説明を受けています。
ところが、買主さんから、仲介業者さんを通じて、私あてに、「私は、あの木製のカバーの換気扇がある台所のデザインが気に入ってこの建物を買ったのだから、木製のカバーを使用した同じデザインの換気扇に交換してくれないと困る。」との連絡が入りました。
木製のカバーを使用した同じデザインの換気扇となりますと、別の業者さんに特注しなければならないため、約30万円もの費用が掛かるそうです。
契約書に調印するまで、私も、仲介業者さんも、買主さんからは台所や換気扇のデザインが気に入ったとの説明を受けたことはありませんし、契約書にも台所や換気扇に関する記載はありませんでしたので、買主さんの話は初耳で、私としても困り果てています。
私は、買主さんの要求どおりに木製のカバーを使用した同じデザインの換気扇に交換しなければならないのでしょうか。
A
1.契約不適合責任に関する特約
ご相談者様が挙げられた不動産売買契約書の条項(以下「本件条項」といいます。)は、「契約不適合責任」との文言が示しているとおり、不動産の売買契約における売主の契約不適合責任の範囲に関する条項です。
民法では、売買契約において、売買の対象となった物(目的物)が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」である場合、売主は、契約不適合責任を負うこととされており、その責任の内容として、①目的物に存する欠陥又は不具合の修補、②代替物(代わりの物)の引渡し、③欠陥又は不具合部分相当額の代金の減額請求、④損害賠償請求、⑤契約の解除が定められています(民法562条以下)。
もっとも、契約不適合責任について、契約の際に特約を定めることで、その責任の範囲を制限することが可能です(この特約に関する詳細は、2020年4月号のコラムをご参照ください。)。
本件条項では、契約不適合責任が発生する前提となる「契約の内容に適合しないもの」が、民法の「種類、品質又は数量に関して」から「品質」のみに限定されています。また、売主であるご相談者様が負われる契約不適合責任の内容も、上記①から⑤のうち①の目的物(不動産)に存する欠陥又は不具合の修補に限定されています。
2.ご相談者様は契約不適合責任としての修補義務を負われるか
それでは、ご相談のケースにおいて、ご相談者様は、本件条項に基づき契約不適合責任を負われるでしょうか。また、仮にご相談者様が契約不適合責任を負われるとして、その修補義務の範囲はどの程度のものになるでしょうか。
まず、このたびご相談者様が売却された建物(以下「本件建物」といいます。)について、台所の換気扇が全く動かないことが、本件条項の定める「品質に関して契約の内容に適合しないもの」に該当するかです。
目的物に不具合又は欠陥が存したとしても、それが「品質に関して契約の内容に適合しないもの」か否かは、「契約の性質、契約をした目的、契約締結に至る経緯その他の事情に基づき、取引通念を考慮して定まる」と解されています。例えば、取り壊す前提で築50年の建物と敷地を売買した場合に、建物に雨漏りがあったとしても、元々取り壊すつもりで使用する予定のない建物ですから、雨漏りの存在が「契約の内容に適合しない」とは直ちにいい難いと思われます。
これに対し、ご相談のケースでは、買主の方は建物に居住される目的で本件建物を購入されており、換気扇が動かないとなれば生活に支障を来すことはもちろん、建築基準法を始めとする各種法令に抵触してしまうことも懸念されます。
したがいまして、ご相談のケースでは、台所の換気扇が全く動かないことが「品質に関して契約の内容に適合しないもの」に該当するおそれが高く、ご相談者様は、本件条項に基づき、契約不適合責任として本件建物を修補する義務を負われると解することが相当と思われます。
3.ご相談者様はどの程度まで本件建物を修補すべきか
では、ご相談者様が契約不適合責任として本件建物を修補する義務を負われるとして、その修補すべき範囲はどうなるでしょうか。
契約不適合責任は、目的物が「契約の内容に適合しない」がゆえに売主が負う責任です。逆に申せば、目的物が「契約の内容に適合」していれば売主に契約不適合責任は生じないことになります。
そのため、契約不適合責任として売主が行うべき修補も、その目的物を「契約の内容に適合」している状態になるように欠陥又は不具合を解消する範囲で行うべきであり、それで足りるという考えが基本になると思われます。
また、民法では、「売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完(先ほどの契約不適合責任のうち①目的物に存する欠陥又は不具合の修補、②代替物(代わりの物)の引渡しを指します。)をすることができる。」(民法562条1項ただし書)と定められており、契約不適合責任を修補に限定した本件条項にも、同様の内容がございます。
これは、売主は、契約不適合責任としての修補義務の履行として十分なものであり、かつ買主に不相当な負担を課すものでないときは、買主の請求した内容とは別の方法で目的物を修補してもよいことを示した条項と解されます。
以上の理解を基に、ご相談のケースを検討いたします。
お話によりますと、買主の方は、ご相談者様と契約を締結するまでに、ご相談者様にも仲介業者の方にも、台所や換気扇のデザインが特に気に入ったとか、これらのデザインを特に気にしているなどといったお話をされていなかったとのことです。
そうなりますと、このたびの売買契約において、本件建物の台所や換気扇には、居住の目的を果たすだけの機能を備えていることが求められる一方、それ以上に木製のカバーが使用されるなど特殊な構造を有していることまで求められているとまではいえないと解することが自然であると思われます。
したがいまして、ご相談のケースでは、ご相談者様は、買主さんの要求どおりに木製のカバーを使用した同じデザインの換気扇に交換される必要まではなく、ごく一般的な機能を備えた換気扇に交換されれば、契約不適合責任としての修補義務を果たされたと解してよいと思われます。
これに対し、例えば、ご相談者様が、契約を締結されるまでに、買主の方から、換気扇のデザインが特に気に入ったので本件建物の購入を決断したといったお話を聞かされている場合には、換気扇が全く別のデザインになってしまいますと、買主の方としては本件建物を購入された意味がなくなってしまう可能性がありますから、同じデザインを保った形で換気扇を修補しなければならなくなるおそれがございますので、注意が必要です。
4.まとめ
売買契約の目的物にあった欠陥や不具合が「契約の内容に適合しないもの」に当たるか否かは、「契約の性質、契約をした目的、契約締結に至る経緯その他の事情に基づき、取引通念を考慮して定まる」こととされているため、同じ欠陥や不具合であっても、それがその契約の「契約の内容に適合しないもの」か否かは、個々の契約ごとに異なってくることとなります。
したがいまして、決済後に買主の方から欠陥や不具合のご指摘を受けられたときも、その契約との関係で「契約の内容に適合しないもの」に当たるといえるか、また、仮に当たったとして契約不適合責任の範囲はどこまでかは検討を要し、弁護士など専門家に相談された方がよい場合もございます。
また、契約を締結される前の「転ばぬ先の杖」として、売主様としては、これから売却される不動産に欠陥や不具合がある、またはそのおそれが懸念される場合には、仲介される宅地建物取引業者の方にご相談の上で、あらかじめ買受候補者の方に説明を行う、売買契約に契約不適合責任を制限する特約を設けるなどの対応を検討されるのがよろしいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。