「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
相続時の不動産の評価額(その2)~相続人間の割り振りをどの評価額で行うのか~
先月は、2015年以降、相続税を払う人が増えてきたことを踏まえ、不動産の評価額が相続税評価額と鑑定評価額(時価)で異なることがあることをお伝えしました。
ところで、2020年の民法改正で新たに配偶者居住権という権利が創設されました。創設の背景や法の趣旨、成立要件は色々なところで示されていますので割愛しますが、配偶者居住権は、被相続人が亡くなった時に、被相続人が所有していた建物に配偶者である相続人が居住していた場合に、配偶者が居住し続けることができる権利です。相続人である配偶者は、賃料を支払わず(建物保全のための修繕費や固定資産税は負担)今まで住んでいた建物に住み続けることができます。
配偶者居住権を設定する場合、配偶者居住権を設定する土地建物の評価額は必要です。そもそも、この配偶者居住権を設定する土地建物の評価額についても、先月お伝えしたとおり、相続税評価額と鑑定評価による時価とで差が生じることがあります。今のところ配偶者居住権の価格について鑑定評価を依頼されたことはないのですが、既に悩ましい問題があるのです。
配偶者居住権に関係する不動産の価格が必要となる場面
配偶者居住権、配偶者居住権付土地建物の評価額が必要となる場面としては次のようなものがあります。
ⅰ 遺産分割協議のため
ⅱ 配偶者居住権付土地建物を配偶者居住権の権利者に売却する時、または、配偶者居住権を消滅させる時
ⅲ 配偶者居住権付土地建物を第三者に売却する時
例えば、配偶者居住権をAさんが相続し、土地建物はBさんが1人で相続します。ただし、あくまで遺産は均等に分ける(多く受け取る方が少なく受け取る方に現金で精算する)と決めたとしましょう。
【相続税評価】
相続税の評価としての配偶者居住権の価額の求め方は国税庁のホームページで確認できます。
これによると、配偶者居住権の価格が決まれば、配偶者居住権付土地建物の価格は次の式で求めることとなっています。
配偶者居住権が付着していない土地建物の価格-配偶者居住権の価格
= 配偶者居住権付土地建物の価格
相続税の評価では、配偶者居住権の価格と配偶者居住権付土地建物の価格は、配偶者居住権が付着していない土地建物の価格の内訳として算出されますので、当たり前ですが以下のようになります。
配偶者居住権が付着していない土地建物の価格
= 配偶者居住権の価格 + 配偶者居住権付土地建物の価格
相続税の不動産評価額 |
: |
105,000,000円 |
||
(配偶者居住権が付着していない土地建物の価格) | ||||
(A) | 配偶者居住権の価格 | : | 20,000,000円 | |
(B) | 配偶者居住権付土地建物の価格 | : | 85,000,000円 |
相続財産のうち、現金が40,000,000円だとすると、以下の様になります。
相続税の相続税評価額 | : | 105,000,000円 | |
現金 | : | 40,000,000円 | |
合計 | : | 145,000,000円 | |
1人当たり | : | 72,500,000円 | |
(A) | 配偶者居住権 | : | 20,000,000円 |
(A) | 現金 | : | 40,000,000円 |
(A) | 不足 | : | 12,500,000円 |
(B) | 配偶者居住権付土地建物 | : | 85,000,000円 |
(B) | 超過 | : | 12,500,000円 |
相続税評価額を基に遺産分割を行う場合、Bさんは、Aさんに現金で別途、12,500,000円精算することになります。
【鑑定評価】
鑑定評価を行う場合の考え方は次のとおりです。
配偶者居住権の【正常価格】(第三者市場での価格)を出すことはできません。なぜなら、配偶者居住権は一身専属の権利ですので市場性がないからです。しかし、配偶者居住権は【対価なく(その不動産を賃借する場合には必要な賃料を負担しなくても)その不動産に住み続けることができる権利】ですので、対価なく住み続けることで配偶者は経済的利益を得ることになります。鑑定評価ではこの経済的利益を基に【配偶者居住権の価格】を出すことになります。
不動産の価格を鑑定評価額で検討した場合を考えてみます。
配偶者居住権が付着して いない土地建物の時価 |
: |
150,000,000円 |
現金 | : | 40,000,000円 |
合計 | : | 190,000,000円 |
1人当たり | : | 95,000,000円 |
ⅰ(遺産分割協議のため)の場合
遺産分割時は、相続人毎の相続額を把握するのが評価の目的ですので、配偶者居住権が付着していない土地建物の価格を、配偶者居住権の価格と配偶者居住権付土地建物の価格の価格割合で割り振ることで評価額とします。この点、アプローチは違いますが、相続税評価額と同じく以下のようになります。
配偶者居住権が付着していない土地建物の価格
= 配偶者居住権の価格 + 配偶者居住権付土地建物の価格
ただし、それぞれの価格の算出過程は相続税評価とは異なります。
① 配偶者居住権が付着していない土地建物の価格
正常価格で自用の建物及びその敷地の価格を出します。
例では、150,000,000円です。
② 配偶者居住権の価格は、次のような関係式で算出します。
② 配偶者居住権の経済価値=Σ(対象建物の賃料相当額-必要費)× 割引率
=(対象建物の賃料相当額-必要費)× 年金現価率
これが 20,000,000円と算出されたとします。
③ 配偶者居住権付建物及びその敷地の価格は、配偶者居住権が消滅するまでは所有者がその不動産を自由に使用収益することができないため、このことに起因する市場性の低下を反映した価格を算出します。
③ 配偶者居住権付建物及びその敷地の経済価値
= 配偶者居住権消滅時の建物及びその敷地の価格 × 複利現価率
これが55,000,000円と算出されたとします。
ⅰの場合は各相続人の相続額を把握するためですので、配偶者居住権が付着していない建物及びその敷地の価格を相続人間で割り振ります
配偶者居住権が付着していない土地建物 | : | 150,000,000円 | |
(A) | 配偶者居住権 | : | 40,000,000円 |
(B) | 配偶者居住権付土地建物 | : | 110,000,000円 |
現金 | : | 40,000,000円 | |
合計 | : | 190,000,000円 | |
1人当たり | : | 95,000,000円 |
Aさんの相続分
配偶者居住権 : 40,000,000円
現 金 : 40,000,000円
不 足 : 15,000,000円
Bさんの相続分
配偶者居住権付土地建物 : 110,000,000円
超 過 : 15,000,000円
このように、時価と差が生じる場合には、相続額が少なくなる方が納得できない、と言われる可能性があります。
また、Bさんは、超過分を支払うことができないからということで配偶者居住権付土地建物を第三者に売却せざるを得なくなってしまうかもしれません。その場合には、配偶者居住権付の土地建物の価格は第三者市場を前提として成り立つ価格(上記の例では、55,000,000円)になりますので、相続税の納税のための評価額、遺産分割の時の評価額のいずれとも異なる額となるということがあり得ることにも注意する必要があります。
また、配偶者居住権付土地建物は、売却することは可能ですが、配偶者居住権の存続期間の残存期間が短期であったとしても買主が自ら住むことも賃貸に供することもできないため、配偶者居住権が設定されていない土地建物と比較すると市場性は低下します。ましてや、存続期間が長期にわたる、あるいは存続期間を定めなかった場合には、現実問題として第三者への売却や賃貸は困難になります。この場合には第三者市場を前提とした価格を求めることもできないと言えます。
今月は以上です。ⅱの場合以降は次号でお伝えします。
ありがとうございました。