「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
家賃の評価【建物全体の賃料と建物内の一部区画の賃料】その1
建物全体か、建物の一部か
2018年12月のコラムでもお伝えしたように、不動産の賃料に影響を与える要因は、その不動産そのものの価値に影響を与えている要因ですが、影響の度合いは不動産によって異なります。
同じ土地と建物であっても、建物の一部を貸す場合と建物全体を貸す場合とでは、理論的な建物全体の賃料の総額は一致しますが、表示される単価は異なる場合があります。
実は、以前に、A社の方から「関連会社であるB社の土地とオフィスビルを借りる場合の適正な賃料の評価をお願いします」とご依頼がありました。その際、「周辺の賃料を調べてみたら、だいたい【坪15,000円】くらいか、と思ったのですが、やはり専門家の鑑定評価を実施しておいたほうがいいと税理士からアドバイスがありまして」とおっしゃっていました。
【坪15,000円】という水準は、相場からみるとやや高めです。話の内容を確認していくと、関連会社間で貸し借りするのは、オフィスビルの中の一室ではなく、ビル一棟全体ということです。そうすると、話に出ている【坪15,000円】というのは、床面積の基準が違っている可能性があります。
「オフィスビルの中の1室」を借りる場合、借り主が専用的に使用する範囲を専用部分(区分所有建物で用いる、専有部分とは異なります)と言います。専用部分を使用するために通る廊下、ビルのメインエントランスや、ホール、守衛室、エレベーター、共用階段、給湯室、トイレ等は他のテナントと一緒に共同で使用することになります。共同で使用する部分のことを共用部分と言います。
先記の依頼者の方とさらに話をしてみると、【坪15,000円】は、専用部分の面積に対する賃料水準でした。
このような広告を見ておっしゃっていたのです。
今回の貸し借りは、オフィスビル一棟全体とのことでした。事務所ビル一棟全体の賃料を求めたいときに、専用部分の賃料単価を乗じていいのでしょうか。
10階建のオフィスビルについて、一部の区画を貸し借りする場合と、一棟まるまる貸し借りする場合の賃料を見てみます。
各階の全体の床面積は、700㎡で、一棟全体の延床面積 7,000㎡ですが、区画毎の面積は下記のとおりで、1階は3区画、2~10階は4区画です。
不動産の世界ではまだまだ坪単価が用いられていますが、鑑定評価では㎡単価を用いることになっていますので、ここからは㎡単価で説明します。
オフィスビルの中の1室の専用部分の賃料水準が月額㎡当り5,000円だとします。
5,000円/㎡を一棟全体の延床面積に乗じると、
5,000円/㎡ × 7,000㎡ = 35,000,000円・・・① です。
一方、専用部分Aの区画1室の賃料だけを考えると、
5,000円/㎡ × 100㎡ = 500,000円 です。
同様に、A~Gの区画全部を合わせると、
5,000円/㎡ × (500㎡ × 9階 + 400㎡ × 1階) = 24,500,000円・・・② です。
①と②では、総額で1千万円近くも差が生じていますね。
A~Gの各区画は専用部分です。そして、広告から把握できる単価は、専用部分に対する単価です。専用部分を使う場合には、共用部分も使うことになります。
一棟まるまる借りるということは、専用部分だけでなく、通常であれば共用部分となる部分も専用的に使用することです。しかし、「共用部分を使用する対価が含まれている専用部分の単価」と同じ単価をそのまま【共用部分】を含む延床面積に乗じてしまうと、共用部分に対しては、対価が二重取りになってしまいます。
一棟の賃貸借の場合には、本来、別の一棟の賃貸借の賃料の事例から比較する方がいいのですが、そのような賃貸借の賃料額の情報は一般にはオープンになっていないことが多い一方で、区画毎の賃貸借の賃料額は比較的容易に把握することができます。そこで、一棟の賃貸借の場合の賃料を把握するために、区画毎の賃貸借の賃料の事例から比較する場合には次のように計算することになります。
共用部分として使用する範囲の面積を除いた、専用部分として賃貸に供することができる面積に、区画毎の賃貸借の賃料水準を乗じる。つまり、上記の②の計算の方法です。
専用部分の面積 × 区画毎の賃料単価 = 一棟全体の賃料
依頼者の方が、専用部分に対する単価をそのまま延床面積に乗じて賃料を算定する上記①の方法のまま賃貸借契約を結ぶと、実勢の賃料水準とは言えない水準での契約になってしまった可能性がありました。
専用部分と共用部分の面積割合はビルによって違うのでは?
一棟まるまる賃貸借する場合の賃料を求めるために、区画毎の賃料単価を乗じるのは、対象不動産の専用部分の面積に対してであると言いましたが、乗じる【区画毎の賃料単価】は、対象不動産の区画に応じた単価でなければなりません。〔対象不動産〕、〔区画〕という要因が考慮された単価です。まず、専用部分と共用部分の割合はどのオフィスビルも同じということではありません。下記でイメージしていただきましょう。オフィスXとYは、隣接しており、建築時期も同じです。
オフィスXとYの、共用部分の面積のフロア面積に対する割合をみると、オフィスXはYよりも多くなっています。先に述べたように、専用部分の賃料には共用部分の利用の対価が含まれていますので、共用部分の面積の割合が異なれば、共用部分の利用の対価の割合も異なることになります。したがって、上記オフィスYの専用部分賃料を求める場合でも、オフィスXの専用部分の賃料水準をそのまま当てはめることができないこともあるのです。
今月はここまでです。ありがとうございました。