「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
不動産の評価と「地域」
前回(2016年2月号 土地の価格(後篇))、前々回(2016年1月号 土地の価格(前篇))では、4つの土地の価格【時価】と3つの【公的土地評価】は相互に関連すること、また土地の価格を検討する場合、「似たような地域」にある公示地の価格や「似たような地域」にある実際に売れた土地の価格(売買実例)から検討しなければ意味がないとお伝えしました。
今月は、土地価格を検討する場合に重要なポイントの一つ、「地域」についてお伝えします。
不動産の売買に関わるのは、人生において一回有るか無いかの滅多にない機会だと思います。例えばそれまで住んでいた家屋敷を売る決断をするなどという場合は、その滅多にない機会に当たると言えるでしょう。その家屋敷を売る価格を検討する際、前回、前々回のコラムを読んでいただいた方は、近くの同じ町内にある公示価格、あるいは売買実例を調べてみようと思われるのではないでしょうか。先月の図(下図)では売りたい土地と同じ町内にたまたま公示地があるという例を示しました。
どちらも「あいうえお町1丁目」にあるのですが、売りたい土地の周りには戸建て住宅が建ち並んでいて店舗や事務所は見られませんが、公示地は大通りの商店街にあって、周りには事務所ビルや店舗が建ち並んでおり、住宅は見られません。
不動産を評価する際には「地域」の考え方を理解する必要があります。
特に土地の価格を検討する場合、比較検討する公示地価格や売買された土地が同じ町内、同じ街にあれば何でもよいというわけではなく、「環境や使われ方が似たような地域」にある公示地や売買実例の価格から比較検討しないと意味がありません。では、なぜ意味がないのかを、地域の考え方をまとめながら解説していきます。
不動産評価における地域の考え方とは。
多くの読者の方々は、先ほどの「あいうえお町1丁目内」という同じ「町内」や、さらにもっと広く「○○市△△区」といったように行政上の区分から地域の範囲を捉えられることがあると思います。
不動産評価では必ずしもこのような行政上の地域の範囲を捉えるとは限りません。そこで不動産評価における「地域」の考え方を理解することからはじめましょう。
まずは「地域」という言葉から一旦離れ、土地に焦点を当てます。
土地は「本源的な性質」を持っています。その本源的な性質とは、土地の上に建物や構築物等「物を積載する」性質と「物を生産する(商品やサービス、工業生産品、農産物、林産物など)」性質で、この2つの性質をそれぞれ「積載力」、「生産力」と表します。
人は、土地をこの「積載力」、「生産力」に応じて様々な用途で利用しています。そして土地は人が利用する一定の用途ごとに地域的なまとまりを示しています。このように人が利用する一定の用途ごとにまとまりを示している地域を「用途的地域」と呼びます。
※この「用途的地域」は、都市計画法上の用途地域(第一種住居地域、商業地域、準工業地域など)とは異なります。
先ほどの行政的に区分された「あいうえお一丁目」エリアに戻ります。
用途的地域という視点で見ると、地域Aは大通りの背後にあります。人通りは多くなく、閑静な住宅街が広がっています。土地には住宅が建てられ、そこには「生活の場」が形成されています。商店街にも近いことから生活利便性の良い住宅街と言ったところでしょうか。
一方、地域Bは大通りに面していることから人通りが多く、昔から土地の上に店舗など商業用の建物が建ち並ぶ商店街です。そこでは様々な商品やサービスが売られ、「商業活動の場」が形成されています。
つまり地域Aは「住宅街」という用途的地域、地域Bは「商店街」という用途的地域です。
地域には地域ごとに特徴がある。
使われ方が似ている土地が集まる地域は、異なった使われ方をしている土地が集まる他の地域とは異なる特徴を示しています。
不動産を評価する時、次のような視点から、ある地域とほかの地域が同じ用途的地域なのか、異なる用途的地域なのか判定します。
①自然的な条件(地理的な位置関係、地質・地盤・地勢等の状態などの自然環境にかかわる条件)
②社会的な条件(人口の状態、家族構成、都市の形成や公共施設の整備状況、不動産の取引慣行、生活様式などの社会生活の場で起きる社会現象)
③経済的な条件(物価や賃金・雇用の状態、金融の状態、税負担の状態、貯蓄や消費・投資の状態などの経済や金融、税制など経済活動条件)
④行政的な条件(土地利用に関する規制、建築物の構造や防災に関する規制、不動産取引に関する規制など不動産に関する法的な規制条件)
これらの条件から判断してその地域の土地が建物の敷地として用いられることが一般的と考えられる地域は「宅地地域」、農業用に用いられることが一般的と思われる土地は「農地地域」、林業用に用いられることが一般的と思われる土地は「林地地域」と、大きく分けることができます。
さらに「宅地地域」は、住宅ばかり建っている地域や、店舗や事務所が多く建っている地域などその地域に集積している建物の用途に応じて、住宅地域、商業地域、工業地域などに細かく分けることができます。
さらに人々の生活や社会・経済活動が共通する土地の集まりごとに住宅地域、商業地域、工業地域をもっと細かく捉えることができます。
例えば、「居住する」という視点から、駅や商店街が近いので便利が良いがやや騒がしい地域、静かで快適だが都心や駅からやや距離がある地域、あるいは富裕層が多く住んでいていわゆる高級住宅街を形成している地域、マンションが多く戸建住宅が殆どない地域などと分けることができます。
一方、「商業性」という視点からは、小規模な小売店舗が建ち並ぶ商店街を形成している地域、高層の事務所ビルが建ち並ぶ地域、国道沿いに広い駐車場を備えた店舗が建ち並ぶ地域などと分けることができます。
このように各地域内の土地同士は、対内的(同じ地域内)には土地同士が一定の共通する環境を形成して、調和を保ちつつ、代替性があるものとして把握することができます。一方、対外的(地域対地域)には先ほどの騒がしい住宅街と高級住宅街のように、他の地域と異なる地域の特徴を示していることを把握することができます。
少々、お話が難しくなりましたでしょうか。
地域の特徴はどのようなかたちで現れるのか。
では、この地域ごとの特徴は具体的にはどのようなかたちで現れているのでしょうか?
それは、地域内の土地の一般的、標準的な使われかたをみてみることでわかります。
先ほどの「売りたい土地」が存在する大通り商店街の背後の住宅街(地域A)には、サラリーマン世帯が多く住み、その所得層に見合った規模で行政的規制によって建物の高さが低い住宅が建ち並んでいます。一方、「公示地」がある大通り商店街(地域B)は人通りが賑やかで、行政的な建築規制も緩やかなので高い建物が建ち並び、地上階、地階とも店舗や事務所などが集まっています。
地域Aは、サラリーマン世帯が多い中規模程度の住宅が建ち並ぶ【住宅地域】、地域Bは、高層の店舗ビルが建ち並ぶ【商業地域】と捉えることができます。このように、地域内の土地で多く利用されている建物の用途が、その地域内の土地の一般的、標準的な使われ方として「地域の特徴」に現れます。
地域には価格水準帯がある。
地域の特徴、すなわち土地の一般的、標準的な使われ方が何であるかにより、一定の価格水準が形成されています。
中規模程度の住宅が建ち並ぶ住宅街である地域Aの土地価格は、サラリーマン層等の個人が購入できる価格帯となっているでしょう。住宅街の土地それぞれの個性、例えば前回のアドバイスで例に挙げました、角地かどうかや、土地の形状、間口の広狭などによって個別の土地の価値は異なりますが、地域内の土地の価格水準は、一定の価格帯に収まっています。また、商店街である地域B内の土地は、事業を行おうとする個人や企業が購入できる価格帯となっているでしょう。
住宅を購入しようとする人は、利便性や住むことに着目した快適性を考えて物件を探すのが一般的ですが、店舗を経営使用とする人は車の交通量や人通り、繁華性等を主に考えて物件を探すのが一般的です。購入者層が異なれば、その購入者層が求める条件に応じてそれぞれ価格帯が形成されていきます。
したがって、売りたい土地の価格を検討する場合には、町名などの行政区分上の地域よりもむしろ、土地の利用形態、用途が似ている地域にある公示価格や売買実例から比較検討しないと意味がないのです。
同じ地域の範囲はどこまでか。
では、どこまでの範囲を同じ「地域」としてとらえるべきなのでしょうか。
先ほどの例で考えてみましょう。大通り商店街の背後の住宅街である地域Aの範囲はどこまででしょうか。
現在の土地の利用形態(中規模程度の住宅建物利用)とさまざまな条件が一定程度共通する範囲を次のような視点から検討します。
・地域を構成する街路の幅員の広狭
・駅や商店街等との距離
・住環境(雰囲気、上下水道などの設備状態など)
・容積率や日影規制
・土地や建物、地域の一体性を分断するような河川、幹線道路、鉄道の有無
・人の生活、商業活動などの土地利用形態に影響を与える地勢・地盤等の状態
地域の範囲がどこまでかを探るための様々なツールを利用する。
地域の範囲がどこまでかを探るためのツールとしては、以下のようなものがありますので、これらを組み合わせて多角的にみてみましょう。
・住宅地図
・都市計画図(土地を管轄する地区町村役場で発行されている都市計画上の用途制限や容積率等の規制内容が記載されている地図。ウェブサイトから閲覧できる市区町村もあります。)
・ウェブサイト上の地図や航空写真、ストリートビューなど。
地域がわかったら
土地の利用形態、土地利用規制、建物建築規制が概ね共通する地域がわかったら、その地域内にある公示価格や売買事例を見つけて、これらの価格を参考にしてみましょう。
売りたい土地と同じ地域に公示価格や売買実例が無かったらどうでしょうか。その場合は、エリアを拡げて、同じような土地利用形態、すなわち「用途的地域」が同じ地域がないか探してみましょう。例えば今回の例にあげた地域Aであれば、隣町で商店街背後に広がる同じような住宅街に公示地や売買事例がないかを探します。その地域の土地利用形態などが同じであれば、その地域にある公示地の価格や売買実例は参考になるでしょう。
今月のまとめ
・不動産の評価では「地域」は、土地の使われ方、「用途的地域」という視点から把握することが必要です。
・地域には地域ごとの特徴があり、その特徴は地域内の一般的、標準的な土地の利用方法に現れています。また地域ごとに一定の価格水準が形成されています。
・地域の範囲は、街路幅員の広狭、駅からの距離、地域環境、行政的な規制、土地や建物、地域の一体性を分断するような河川、幹線道路や鉄道が存在していているか否か、人の生活、商業活動などの土地利用形態に影響を与える地勢・地盤等の状態はどうかなどさまざまな条件を検討することにより判断することができます。
私たち不動産鑑定士は、不動産を評価する場合、評価する物件の周辺や売買実例などを住宅地図など片手に歩き廻って、どこからどこまでが同じ地域に該当するのかを調査するという作業を行います。その上で様々な資料に基づいて価格を判定しています。
次回は、土地の価格を検討する場合、もう一つの重要なポイントである「地域の不動産マーケットの特徴」についてお伝えする予定です。ありがとうございました。