「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
相続時の不動産の評価額(その3)~相続人間の割り振りをどの評価額で行うのか~
2023年9月のコラムでは、配偶者居住権の価格についての悩ましい問題の一つを説明しました。今月はその続きです。
配偶者居住権に関係する不動産の価格が必要となる場面
配偶者居住権、配偶者居住権付土地建物の評価額が必要となる場面としては下記の3つがあります。
ⅰ 遺産分割協議のため
ⅱ 配偶者居住権付土地建物を配偶者居住権の権利者に売却する時、または、配偶者居住権を消滅させる時
ⅲ 配偶者居住権付土地建物を第三者に売却する時
前回までに、ⅰについてお伝えしました。
ⅱ(配偶者居住権付土地建物を配偶者居住権の権利者に売却する時)、(配偶者居住権を消滅させる時)
ⅰの遺産分割協議を行う時というのは、相続が発生した時です。一方、ⅱやⅲは相続が発生した時とは異なることが一般的と予想されます。配偶者居住権は、存続期間を予め定めていた場合には、定められた期間に到達すると権利が消滅しますし、配偶者がお亡くなりになった場合も消滅します。この場合には金銭的な精算は生じません。しかし、相続発生後しばらく年月が過ぎた後、両者(配偶者居住権付土地建物の所有者と配偶者居住権を有する者)の合意に基づき配偶者居住権を消滅させる時に、金銭的な精算が必要になることがあり得ます。これがⅱの場合です。
前回も述べたとおり、配偶者居住権は第三者に譲渡できません。したがってⅱの場合においてもⅰと同様に、配偶者居住権がない場合の土地建物の価値を当事者間で金銭精算することが合理的となります。ただし、ⅰの評価の例で述べたように、配偶者居住権が設定されると、その土地建物は配偶者居住権が存続する間は現実の不動産市場では市場性が相当低くなり、価格は配偶者居住権が設定されていない場合と比較して相当低くなります。すなわち、現実の市場における、配偶者居住権が付着していない土地建物の価格、配偶者居住権の価格、配偶者居住権付土地建物の価格の関係は、
配偶者居住権が付着していない土地建物の価格
>(≒) 配偶者居住権の価格 + 配偶者居住権付土地建物の価格
と表すことができます。
したがって、ⅱの場合は、配偶者居住権が付着していない土地建物の価格を配偶者居住権の価格と配偶者居住権付土地建物の価格の割合で単純に配分するのでははく、配偶者居住権を消滅させることによって生じる価値の増分を考慮して算出することが合理的と言えます。
ⅱの価格時点は相続時点ではなく、配偶者居住権を消滅させようとする時です。
① 配偶者居住権が付着していない土地建物の価格
正常価格で自用の建物及びその敷地の価格
200,000,000円
② 配偶者居住権の価格
配偶者居住権の経済価値=Σ(対象建物の賃料相当額-必要費)× 割引率
=(対象建物の賃料相当額-必要費)× 年金現価率
10,000,000円
③ 配偶者居住権付土地建物の価格
配偶者居住権付建物及びその敷地の経済価値
= 配偶者居住権消滅時の建物及びその敷地の価格 × 複利現価率
90,000,000円
この配偶者居住権付土地建物を配偶者居住権の権利者に売却する場合、配偶者居住権は10,000,000円、配偶者居住権付土地建物は90,000,000円と算出されています。配偶者居住権が消滅すると100,000,000円の価値の増分が発生することになります。
増分価値 = 200,000,000円 -(10,000,000円 + 90,000,000円)
= 100,000,000円
鑑定評価でこの価値の増分を配分する場合には、価値の増額分を全て配偶者居住権付土地建物の価格または配偶者居住権の価格に加算するのではなく、限度額法や総額法等限定価格の手法を用いて配分することになります。
(配偶者居住権付土地建物を配偶者居住権の権利者に売却する時)
配偶者居住権が設定される経緯を踏まえると配偶者居住権を持つ者が配偶者居住権付土地建物を購入するということはあまり無いように思います。しかし、実際に売却することになった場合には、売却価格の額について争いが生じることがあり得ます。当事者間で①の配偶者居住権が付着していない土地建物の価格のみを鑑定評価し、相続時に決めた配偶者居住権の価格の評価方法を採用して配偶者居住権の価格を求めて差額を出し、その上で売却価格を検討するか、売却時点の相続税評価額で計算し、その額で売買するということを検討されることが多いのではないでしょうか。このコラムを書いている2023年時点では、都心では相続税評価額の方が時価よりも安くなることが多いため、配偶者居住権を持つ者が相続税評価額で購入し、転売すると時価が実現し差額が発生する可能性が高いため、配偶者居住権付土地建物の売却価額は重要な問題です。ただ、相続人間の関係性が良好であれば、こういった問題も重要ではないかもしれません。
(配偶者居住権を消滅させる時)
存続期間の満了前に配偶者居住権を消滅させるためには、配偶者居住権を持つ者がその権利を放棄する必要があり、配偶者居住権を放棄してもらうために対価の提示が必要になることがあります。その場合、提示する経済価値で当事者が納得すれば問題ありません。ただし、配偶者居住権が消滅すると配偶者居住権が付着していない土地建物の価額が復活しますので、その増分価値を考慮して欲しい(または、考慮すべき)との主張が配偶者側(またはその周辺の方々)から出てくることもあり得ますので予めどのように評価を行うのかを検討し、合意しておかれることをお勧めします。
なお、前回のコラムで記載を省略してしまいましたが、配偶者居住権の経済価値を求める場合(②)のΣ、年金現価率と、配偶者居住権付建物及びその敷地の経済価値を求める場合(③)の複利現価率を出す際の期間は、配偶者居住権の存続期間です。存続期間に関する注意点は後述します。
ⅲ(配偶者居住権付土地建物を第三者に売却する時)
現実には配偶者居住権付土地建物に対する需要はほぼないと言えますが、ここでいう第三者とは、土地建物の所有者または配偶者居住権を持つ者以外の者を指しますので、配偶者居住権付土地建物の所有者と配偶者以外であれば、血縁関係のある者も該当します。
現状ではあまり現実味がなさそうにも思えますが、少子化が進む中、配偶者居住権付土地建物を取得した相続人が既に住居を別に構えている場合には、所有し続けることのメリットよりも低額であっても売却することにメリットを覚えることも今後はあり得るのではないかとも考えています。
この場合の鑑定評価は、配偶者居住権付土地建物の価格(上記の③)を正常価格で評価することになります。売買当事者が合意するのであれば、相続税評価額を採用することもあり得ます。通常の土地価額、土地建物価額は、鑑定評価額に基づく時価が相続税評価額を上回ることが多いのですが、配偶者居住権の存続期間が定められていない場合には、配偶者居住権付土地建物の価額の時価は、市場性が極めて低いことが反映された価格になりますので、必ずしも相続税評価額を上回るとは限りませんので注意が必要です。
配偶者居住権が関係する不動産及び権利の価格を評価する際に当事者で合意しておくべきこと
次の点については予め関係当事者間で合意しておく必要があります。
a どの評価方法を使うのか
b 配偶者居住権の存続期間
aは、相続税評価額とするのか不動産鑑定評価額とするのかです。
遺産分割協議後ⅱやⅲが起こった時、遺産分割協議時に採用した評価方法を採用するのか、それとも違う評価方法を採用するのかについては、相続税評価額に基づく各価格の割合と鑑定評価額に基づく各価格の割合とは異なることが殆どですので、遺産分割協議時に予め合意しておいた方がもめ事が少なくなりそうです。一方が後日違う評価方法を採用することを希望すると、評価額の多寡によって解決に時間を要してしまうことになりかねません。
bは、実は人の生死に関わるセンシティブな問題でもあり、当事者にとっても期間を定めていいのかどうかも含めて悩ましい問題だと思います。相続税の評価では厚生労働省が公表している生命表(完全生命表)に基づく平均余命を基に存続期間を計算しますが、実際の余命はまさに「神のみぞ知る」のであって、不動産鑑定評価を行う場合において、不動産鑑定士が余命を判断することはできませんし、勝手に厚生労働省の完全生命表を採用することもできません。存続期間を有期で定めた場合には問題は生じませんが、遺産分割協議時に存続期間を定めなかった場合には、存続期間を鑑定評価の依頼者に指示していただくことになります。ただし、その場合であってもその評価額によって影響を受ける方々が存続期間について合意していただいていることが前提になります。
今月は以上です。
ありがとうございました。