「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
安くてお得な物件はあるか【収益物件編 前編】
2017年6月のコラムでは、「安くてお得な物件はあるか【土地編】」をお届けしました。
今月と来月は、【収益物件編】です。
昨今、「少額からでも始められる不動産投資」などの言葉を目にすることが多くなりました。インターネットでも「サラリーマン、不動産投資」と検索するだけで、多くの情報があふれています。果たして、お得に不動産投資ができるのでしょうか。
2016年11月の本コラムで、「収益用不動産の適正価格はどのようにして見極めるのか」をお届けしました。そちらも併せて読んでみてください。
収益物件でお得感があるというと、購入価格に対して得られる賃料が多い(利回りが高い)ことが思い浮かぶと思います。
利回りは、賃料の年間総額(収益)を不動産の価格で割ったものです。
広告で、「利回り」「想定利回り」と書かれているものは、「満室想定利回り」、「グロスの利回り」、「表面利回り」、「粗利」と呼ばれるものがほとんどです。呼び方は違いますが、意味は同じです。この場合の利回りは、実際に賃貸されている部屋についてはその実際の賃料を合算し、空き室についてはその部屋がいくらで貸せるのかを想定して計算します。
コラムオリジナルの物件チラシを参考に見てみましょう。
この物件の想定利回りは6%となっていますね。
物件価格が2億5,000万円だと、賃料の額は、250,000,000円 × 6%=15,000,000円で、想定年間収入(※注)は1,500万円となっています。
ここでいう想定利回りは、チラシにも書いてあるとおり、「想定」した年間収入を基に算出されたものです。そして、「想定年間収入」というのは、満室を想定した賃料の額のことです。
文字通り「満室だったとした場合」の賃料の総額を、物件価格で割ったものが、「想定利回り」と記載されています。広告の中には単純に「利回り」と書かれているものもあります。
チラシに「現状満室」と記載がなければ、満室ではない可能性もあります。満室でない場合には、物件価格に対する実質的な利回りは変わってきます。その他にも、収益物件を所有しているとかかってくる色々な費用についても考慮が必要です。
(※注)「収入」と「収益」について
不動産の広告で、想定年間「収入」や想定「年収」という表現が慣習的に使われていますが、これは、会計上の収支計算上は、想定年間「収益」が正しい表現です。
収益物件の価格やその利回りを検討する時は、期間や収支については会計の考え方を用います。
会計上の「収入」は、「現実に得た(入ってきた)金銭の額」という意味で用いられ、「収益」とは異なります。「収益」は、実際に現金の授受がなくても物品の販売や、役務の提供を行った時に売上高や計上収益などで、厳密には「営業収益」です。
そして、「収益」から費用をさし引いた残りの部分の利益(純収益、これも厳密には営業外収益をも差し引いたものを指しますが、ここでは割愛します)がどれくらいかを算定することによって、収益物件の価格や利回りの妥当性を検討することができます。
したがって、このコラムでは、年間の家賃収入は「収益」と記載します。
売上高(収益)=利益ではありません。収益から費用をさし引いた残りの部分が利益(純収益)ですので、実質的な利回りを把握するには、次の式で考える必要があります。
実質的な利回りは、ネット利回りとも言われます。これに対して、先ほどの想定利回りは、「グロス利回り」「粗利回り」とも言われます。会話の中では「ネット●●%」「グロスで○○%」など「利回り」を省く人も多いです。実質的な利回りがどれくらいかを把握することで、その物件の売り出し価格が高いか安いかを判断する目安にもなります。
実質的な利回りを把握するためには、収益と費用を把握する必要がありますね。収益も勝手に満室を想定した額ではなく、実際に毎年どのくらい入ってくるのか、を見極めなければなりません。
また、一口に費用といっても様々なものがあります。
今月は、収益に関して気をつけるべきところをお伝えします。
(1)空き室の割合
先ほどのマンションで、空き室が10%ある場合には、実際の収益は、年額1,500万円ではなく、1,350万円(1,500万円×(100%-10%))です。
この場合、利回りは、13,500,000円÷250,000,000円で、5.4%です。
空き室がある場合には、実質的な利回りは、6%ないということになります。
(2)空き室の割合が、部屋数ベースか、賃料総額ベースか
一概に「空き室の割合」と言っても、部屋の数ベースの「空き室の割合」が10%(この場合、20戸中2戸が空いている)でも、賃料ベースの「空き室の割合」は違う割合になっていることがあります。この場合には、実質的な利回りは変わってきます。「空き室の割合」は「空室率」という言い方をしますので、以後は空室率と表現します。
具体的に先ほどのマンションで確認してみましょう。
【部屋数ベースの空室率】
例えば、107号室と201号室が、今現在空室だとします。このマンションは総戸数20戸で、2戸が空室ですので、
2戸÷20戸=10%
となり、部屋数ベースの空室率は10%です。
【賃料ベースの空室率】
しかし、次のような場合は、空室率は必ずしも10%ではありません。
■賃料額が部屋によって違う場合
■空室の期間が短い場合
■賃料額が部屋によって違う場合
先ほどのマンションの部屋ごとの賃料は、次のようになっています。
奥の端部屋 101、201(計2戸)は、70,000円
入口側と3階の端部屋 107、207、301、306(計4戸)は、67,500円
端ではない上記以外の部屋(計14戸)は、60,000円
実際には空き室になっている部屋の賃料は、107号室の67,500円と、201号室の70,000円です。
このマンションの現在の賃料ベースの空室率は下記のように計算できます。
このマンションの賃料ベースの空室率(11%)は、部屋数ベースの空室率(10%)よりも大きいことが判ります。
■空室の期間が短い場合
同じ部屋が1年間ずっと空室ではない場合もあります。その場合は、空室率は小さくなります。
先ほど算出した空室率11%は、1年間ずっと空いている場合です。
しかし、例えば、このマンションが、一旦空き室が出ても、3ヶ月で次の入居者が決まるような地域にある場合、このマンションの実質的な空室率は下記のとおりです。
このマンションの賃料ベースの空室率(2.8%)は、部屋数ベースの空室率(11%)よりも小さいことが判ります。
この場合は、利回りは下記のように計算できます。
同じ建物内で部屋ごとの賃料に差がほとんどない場合で、1年中常に一定の数の空き室がある場合、部屋数ベースの空室率と賃料ベースの空室率には大きな差が生じませんが、部屋ごとの賃料に差がある時や、空室の期間が短い時には、瞬間的な部屋数ベースの空室率と賃料ベースの空室率には大きな差が生じることがあります。
(3)現在の実際の賃料額と、新しく貸す場合の賃料の額に差がないかどうか
「満室想定収益」は、実際には空き室があっても、空き室部分をいくらで貸せるかを想定した額と、実際に賃貸されている賃料の額とを合算したものです。次に新たに貸すことができる賃料が現在の賃料よりも低い場合には、将来的な実際の収益は少なくなります。
先ほどのマンションでシミュレーションしてみましょう。
今住んでいる人が退去した後、現在の賃料では入居者が見つからず、月額5,000円ずつ賃料を下げないといけないようなとき、徐々にでも借りている人全員が入れ替わったら、いずれは月額で100,000円(=5,000円×20戸)収益が少なくなります。年額では120万円です。
もし、年額が120万円減ってしまうとしたら、まず、満室想定収益の額が変わります。
次に、空室率ですが、賃料を下げたので、空き室はないとします。
これらを前提にすると、利回りは下記のようになります。
逆に、今後入居する人に、今賃貸されている部屋の賃料の水準よりも高い賃料で貸すことができる場合には、1,500万円よりも将来的な収益は増えると予測できるかもしれません。どちらになるかについては、今現在実際に貸している賃料と、これから貸す部屋の現在の相場賃料を比べてみる必要があります。
(4)満室の場合、テナント(借家人)は、いつから借りているのか
■単身者向けマンション(ワンルームや、1LDKなど)の場合
築後間もない場合には、入居してから2、3年というのは当然ですが、築後年数がかなり経過しているにもかかわらず、ほとんどの入居者が入居して日が浅いという場合、理由を探ってみる必要があります。
理由として、以下のような可能性があります。
・近所に大学などの学校があり、主な賃借人は、そこの学校の学生。
・大病院や、工場等があり、主な賃借人はそこに勤務している人。
上記のような場合だと、入学や卒業、転勤等で賃借人が入れ替わる可能性は高いので、ほとんどの入居者が入居して日が浅くても、当然かもしれません。
・満室にするために、賃料を相場よりもかなり下げて入居者を募集した。
このことを確認するためには、賃料の相場を確認する必要があります。
今まで近所に学校や工場があって賃借人はすぐに決まったが、それらが移転してしまったため、急に賃借人が入らなくなった。その場所は駅から遠くて、中心市街地のベッドタウンとしての役割は果たせない、というような場合には、今後、周辺の相場賃料も下がっていく可能性もありますので、現在割安感から満室になっていたとしても、将来まで永続的に満室を確保することは難しいかもしれません。
■ファミリータイプのマンションの場合
ファミリータイプのマンションの方が、単身者向けマンションよりも居住期間が長くなる傾向にあります。したがって、古いマンションで、ほとんどの入居者が入居して日が浅いという場合、より慎重にその理由を探ってみる必要があります。
まずは、実質的な収益の把握が大切です。今月は実質的な収益を把握するために注意することをお伝えしました。
来月は、その物件の実質的な利回りを把握するために必要な、もう一つの要素である、収益物件にかかる費用の把握についてお伝えします。
ありがとうございました。