「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
家賃の評価~周辺で賃貸されている賃料の額に着目した評価方法(賃貸事例比較法)~
鑑定評価で家賃を求める手法は3つ
先月は3つの手法のうち、積算賃料についてお伝えしました。
今月は「比準賃料」について、です。
比準賃料とは
比準賃料は、賃貸事例比較法により求める賃料ということになりますが、要するに実際に家や事務所、店舗等を借りようとする際、普通の人は自然と行っていることをとりまとめた手法です。
賃貸事例というのは、実際に賃貸借契約が成立した不動産の賃料のことです。
地代の場合は、土地の賃貸借の事例、家賃の場合は、建物の賃貸借の事例から比較します。
いろいろな要因を比較する
家賃は「家の賃料」と読めますが、現実には建物が乗っている土地も利用することができるため、「家賃=建物及びその敷地の賃料」です。
賃貸事例の賃料の額から、対象不動産の賃料がいくらかを出す(評価)場合、それぞれの土地の要因と建物の要因を比較しなければなりません。ただし、土地の要因が大きく影響する場合としない場合があります(2018年12月のコラム)。
また、建物全体と建物内の一部区画では、賃料に差が生じる要因が異なります。店舗同士、事務所同士でも、比較するためには基準を同じにしなければ比較する意味がありません(2019年3月、4月、6月のコラム)。
これらを整理した上で、複数の賃貸事例から様々な要因を比較して比準賃料を試算します。
比較する賃料の内容
実質賃料で比較する
賃料を比較するとき、毎月支払う賃料(月額支払賃料)の額同士で単純に比較することはできません。権利金や礼金、敷金、保証金の額(正確にはこれらの運用益と償却額)を考慮した実質賃料(実質賃料と支払賃料 2018年3月のコラム)で比較する必要があります。
例えば、マンション一室100㎡の賃料を求めるために、下記のマンションAとBの賃貸事例を見てみます。
実質賃料=支払賃料+敷金の運用益+礼金の償却額 ですので、
運用される利回りを1%、平均的な居住期間を5年とすると、償却額は年賦償還率0.20604で求めることができます。
このように支払賃料だけで比較すると、50,000円の差がありますが、実質賃料では、約16,000円の差しか生じていないですね。敷金や礼金の額によって、実質賃料の額が変わってきますので、支払賃料の額しか判らないものは、賃貸事例として採用することができません。
共益費や管理費、修繕積立金の額も把握する。
「ある建物の中の1室」という場合、オーナーが建物全体を所有している建物の1室と、分譲マンションや分譲貸オフィス等の様に、その1室のみのオーナーがいる場合があります。
前者の場合には、賃料以外に、共益費や管理費等の名称の費用を別途支払う場合があり、後者の場合は、管理費と修繕積立金等の費用を別途支払う場合があります。名称は様々で、分譲型の場合でも賃貸借契約上は「共益費」となっていることもあります。
これらの共益費等は、いずれも「所有者が負担する費用」です。積算価格では、純賃料に必要諸経費を加算して試算しますので、目線を合わせるという意味でも、共益費等が別立てになっている事例は一旦全額月額支払賃料に加算して比較していきます。なお、契約上、共益費や管理費等の名目の支払いがなく、「共益費込賃料」の場合もあります。
積算賃料との関係
預金と利息は、元本と果実の例として挙げられます。不動産の場合は、不動産本体が元本で、その賃料は果実に例えられます。「例えられます」という表現にしているのは、「この元本ならこの果実(の額)」という関係性が必ずしも成立しない場合があるからです。
積算賃料は、
基礎価格 × 期待利回り + 必要諸経費
で求められます。理論的には、積算賃料 ≒ 比準賃料 となるはずなのですが、現実には、
積算賃料>比準賃料 となることがあります。
例えば、築浅で瀟洒な高級賃貸マンション(2LDK、100㎡)の新規賃料を求める場合。
積算賃料を求める際の基礎価格は、土地と建物の価格から成っています。東京都心部と地方都市とでは、土地価格に差がありますが、建物は物理的条件が同じであれば価格はそう大きくは変わりません。期待利回りは、地方都市の方が都心部よりもリスクが高いと判断されるため、地方都市の方が高くなることが一般的です。必要諸経費も物理的な部分に要する費用は大きくは変わりませんが、人件費や固定資産税が低いため、地方都市の方が多少低くなるとしました。)その上で結果を見ると、いずれも、積算賃料>比準賃料です。
東京都心部と地方都市では、東京都心部の方が試算価格の差が小さいものとなっています。東京都心部では、元本価格である基礎価格と果実である賃料水準とが一定の相関関係があると言えますが、地方都市ではそうは言えないことが多いのではないかと思います。
高級マンションの基礎価格に応じた賃料を負担することができる需要者が少ない地域では、実際に賃貸される賃料水準に上限があります。いくらオーナーが立派な建物を建築し、建物の物理的価値がこれだけあるから、この額で貸したいと言っても、需要が追いつかない場合は借り手が見つからないことになります。
積算賃料 < 比準賃料となるのは、賃貸用不動産に対する需要が供給を大きく上回る場合や、建物が古く基礎価格が低い場合です。
そう書くと、それなら、対象不動産の周辺ではどのくらいの賃料になっているかという視点の比準賃料だけでいいのでは?という話になりかねないのですが、元本価値に応じた積算賃料も理論値として把握する必要はあると考えています。積算賃料を試算することで、元本価値が今後どのように変動するのか、必要諸経費を見直しすべきなのか、あるいは、そもそも賃貸需要が少ないのか等を把握することができます。また、地方都市で、同じ様な不動産の賃貸事例がほとんど無いような場合には、積算賃料で求めた賃料が、結果として比準賃料の賃貸事例になることもあります。
比準賃料が積算賃料を上回るようになると、時の経過に伴って基礎価格である土地価格や古い建物の価格も上昇することになります。賃料の額の変化は不動産そのものの価額を変化させるのです。
今月はここまでです。ありがとうございました。