「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
2020年7月頃の一般的要因の分析
新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う緊急事態宣言が解除になりましたが、やはり以前と全く同じとはいかない日常です。
不動産の鑑定評価は、不動産の価格を作っている様々な要因について情報を収集して分析する、という作業を経て行います。不動産鑑定評価基準でも、「第3章 不動産の価格を形成する要因」で、『不動産の価格は、多数の要因の相互作用の結果として形成されるものであるが、要因それ自体も常に変動する傾向を持っている。したがって、不動産の鑑定評価を行うに当たっては、価格形成要因を市場参加者の観点から明確に把握し、かつ、その推移及び動向並びに諸要因間の相互関係を十分に分析して、前記三者に及ぼすその影響を判定することが必要である。』とされていまして、『価格形成要因は、一般的要因、地域要因及び個別的要因に分けられる。』となっています。
一般的要因とは
不動産鑑定評価基準では、「一般的要因とは、一般経済社会における不動産のあり方及びその価格の水準に影響を与える要因をいう。それは、自然的要因、社会的要因、経済的要因及び行政的要因に大別される。」と定義されています。
一般的要因、地域要因及び個別的要因という3つの要因の中で、地域要因と個別的要因については不動産の所有者にとって身近で体感しやすい要因ですが、「一般的要因」というのは、日本全体に及ぼす『一般経済社会における不動産のあり方及びその価格の水準に影響を与える要因』ですので、不動産の価格に確実に影響を及ぼしているのですが、社会全体の大きな流れの中で徐々に変化していく要因でもありますので体感しにくく、不動産の鑑定評価を行う際その分析を行って鑑定評価書にページを割いて記載していても依頼者の方々からするとその不動産がある地域の「地域要因」や、その不動産そのものの「個別的要因」と比べてどちらかというと関心が低い部分でもありました。
しかし現在以降、不動産の価格が将来どうなっていくのかということの予測を知るためにも、「一般的要因」の分析への関心が高くなるのだろうな、と意識しています。
コロナ禍の地価への影響
7月1日に国税庁から相続税路線価が発表されました。この路線価はその年の1月1日時点の価格ですので、1月以降のコロナ禍の影響は反映されていません。しかし、相続税の課税は相続発生時点の不動産価格に基づきますので、コロナが発生した後に相続が発生した場合には、相続財産の価格は1月1日の価格よりも下がっているのではないかと考えるのは普通のことだと思います。国税庁も路線価の発表と同時に下記のような注意書きを行っています。
(注) 今後、国土交通省が発表する都道府県地価調査(7月1日時点の地価を例年9月頃に公開)の状況などにより、広範な地域で大幅な地価下落が確認された場合などには、納税者の皆様の申告の便宜を図る方法を幅広く検討いたします。
国税庁の注意書きにある都道府県地価調査は、7月1日時点の価格です。まさに現在その評価の作業が行われています。作業の過程で4月5月に主に住宅の売買の仲介を行っている会社へヒアリングを行いました。結論からいうと、その時点で住宅の価格が下がっているという体感がある不動産会社の方はほとんどおられませんでした。コロナ禍での問題としては、移動自粛が要請されているため売買当事者のどちらかが遠方に住んでおられると決済が進まない、中国からの建材が届かないため、引き渡しができない、という点はあるが、元々住宅の場合、特に急いで売らないといけないという方ばかりではないし、買い手も早く買わなければいけないということでもないので、価格には影響はないのではないか、ということです。
住宅地の場合には、地元であるかどうか等の地縁の有無や、住環境と所得水準等が影響しますので、これらの要因に変化がなければ、価格への影響もないということなのです。しかし、商業地は収益が価格を形成しています。したがって、収益に影響を与える要因に変化があれば、収益が変化し、価格に影響を及ぼします。
一般的要因の分析
2020年7月時点でのコロナ禍を踏まえた一般的要因の不動産価格への影響は、以下のように考えています。
2020年1月からの半年間において世界規模で発生した新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、外国人観光客の入国がほぼストップした。外国人観光客をターゲットとしていた店舗系の商業施設は、収益の大幅減少が発生しており、賃料の減額圧力が高まっている。またオフィスについては、政府の外出自粛要請に伴う人員のテレワーク推進により、実働人数が限定されること、各種プロジェクトの停止や延期等による収益性の悪化等により賃料の減額圧力が高まっている。
いわゆるリーマンショック時と異なり金融機関の資金は潤沢であり、その収益が急速に悪化するというものではなく、また2020年7月前後においては、行政によるいわゆるコロナ対策助成金、金融機関の返済猶予、金利負担の当面免除等の施策が実施されていることから、大規模な連鎖倒産等は発生していない。しかし、今後もウイルス流行期間が長引く場合には、インバウンド需要の早期復活は望めず、特にホテルや店舗系の商業施設は業態や営業内容の変更を余儀なくされる。収益の絶対額の減少に加え、業態などの変更の費用の上昇が収益性の低下をもたらすことから、地価下落の可能性がある。
またオフィス系の商業地は、テレワークが進むことによって広いオフィスへの必要性が問われるようになってきている。大企業は緊急事態宣言下においては出勤8割削減を実施し、同宣言解除後も、出勤率5割にとどめているところも多い。日本の大企業は概して意思決定やシステム変更に時間がかかることから、即時オフィスの大規模撤退はないものの、IT関連企業などは既にサテライト化を進め始めており、今後徐々に都心部での企業のオフィス需要が減退または賃料の減額が進む可能性はある。これらから当面は商業地の地価上昇は見込めず、様子見傾向が続くと見込まれる。
「with コロナ」かつ「経済を回す」ための次の施策として、国内需要を高める方策(いわゆる「Go to キャンペーン」、「マイナポイント」等)が講じられる予定であるが、都心部から地方へ移動することの安全性が懸念される期間が長引けば、観光客による経済効果に依存していた地方都市においては大幅な地価下落が生じる可能性がある。
一方、住宅地については、今回のコロナウイルス感染症拡大によるテレワーク推進により、都心への接近性を重視した住宅から、郊外でのICT環境を整備する住宅へと需要の中心が移行する可能性がある。コロナウイルス流行前の都心部のマンション用地の価格は、インバウンド需要に裏打ちされたホテル用地需要との競合で高騰し、建物の建築費については東京オリンピック開催決定を契機とした材料費・人件費の高騰等から高騰傾向にあり、分譲マンションの分譲価格は年々上昇傾向にあったが、高価格帯の新築分譲マンションは供給過多となる可能性がある。
一般的要因を踏まえた地価動向
大阪の地価動向と動向要因は以下のとおりです。
地方ごとに価格水準が異なりますので、価格水準については参考程度にとどめておいてください。
大企業のサラリーマン層の雇用には大きな影響は出ていないため、大阪都心部では総額5,000万円程度迄の物件、郊外では3,000~4,000千万円程度迄の物件については、戸建、マンションとも需給バランスは取れていると言える。しかし、これらを超える価格帯の高額物件については、主として医療関係や自営業者等の富裕層が需要者であったことから、中古市場においても市場滞留期間が長期になるものと予測される。令和2年1月頃から始まった、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止施策のため、同年5月までの数ヶ月間多くの経済活動が停止した。特にインバウンド需要に依存した店舗や宿泊施設、交通機関などは大きな減収となり、自宅での勤務「テレワーク」が推奨されたことによる賃料の高い都心での事務所の規模縮小を模索する企業が増える等、商業地についてはここ数年連続していた地価上昇傾向はストップする可能性が高いと認められる。住宅地については、雇用が維持されるサラリーマン層の需要は特に大きな変化は見られないものの、大規模地や高額物件については、今後当面買い控えや売り急ぎが発生する可能性が高いと認められる。
流通業務用地などの工業地は、実店舗への来店自粛が推奨された結果、eコマース利用者が増え、大規模なロジスティクス拠点だけでなく、エンドユーザーとの中継地点としての倉庫需要も増加することから需要は依然として堅調と見込まれる。また生産拠点としての工業地は、昨年から海外生産拠点を日本国内へと回帰する企業が徐々に増えていたが、コロナ禍によるサプライチェーン寸断を受け、政府が国内回帰企業への資金支援策を打ち出したことから、さらに需要の増加が見込まれる。
アフターコロナの生活様式という要因
withコロナの新しい生活様式は、より清潔な生活の実践が求められるとともに、なるべく密の状態を避けるというものがあります。満員の通勤電車を避けるということについても時差通勤等のほか、既述のテレワークを行うということも密を避ける1つの方法です。今後の住宅では、テレワーク用の書斎スペースが新たに求められるようになりそうですね。既存の広さで断捨離が進むのか、既存の広さよりも広い住宅が求められるのか。
さらに、自転車通勤が増えています。企業が自転車通勤を認めてさらに自転車通勤が増える場合には、ビル内や周辺に自転車置き場の整備も進める必要がでてきます。建築行政上も、今後はこれまでの事務所ビル内での自転車置場の設置義務台数をより増やす必要が生じてくるかもしれません。
これまでよりも一般的要因の変化に常に敏感でいなければならない
一般的要因は通常、長いスパンでゆっくりと変化していくものというイメージでしたが、ここ半年は日々変化しています。不動産の価格に影響を及ぼす様々な要因やデータを分析するためには、情報の集積が必要です。半年後には世界中の状況が変化している可能性もあります。政治・経済・行政・天候すべての要因が影響を及ぼしますので常にアンテナを張り、価格に影響を与える要因をつかんでいく必要があります。
コロナ禍が早く収束することを望みます。今月はここまでです。ありがとうございました。