「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
家賃の評価~元本価値に着目した評価方法(積算法)~
鑑定評価で家賃を求める手法は3パターン
これまでは、一棟の建物全体と一部の区画での家賃の比較や、用途毎に家賃の多寡が決まる要因についてお伝えしてきました。
さて、家賃の鑑定評価では、原則として積算賃料と比準賃料を試算し評価額を決めます。そして、その不動産から得られる事業収益が適切に把握できる場合には、収益賃料も試算して決定します。
積算賃料とは
積算賃料というのは、積算法という試算手法で求める賃料です。
積算法は、基礎価格に期待利回りを乗じて得た額に、必要諸経費を加算する計算方法です。
AとBを加算(積算)します。また必要諸経費は、複数の項目から成る費用の額を合算(積算)します。しがたって「積算法による積算賃料」と呼びます。
基礎価格に乗じる期待利回りは、その不動産から得られるであろう(あるいは、得たい)と期待される収益率のことです。
ここで期待利回りを乗じるとされている「基礎価格」とはどういう価格でしょうか。
①基礎価格
不動産の価格は、その不動産が所在する地域のその場所であれば、多数の人が通常そうするだろうと考えられる最善の使用方法を前提として成り立っています。この最善の使用方法を〔最有効使用〕と呼びます。建物とその敷地で構成されている不動産が最有効使用の状態と言えない場合には、土地、建物のそれぞれ単独の価格を合算したものよりも価値が低くなっていることがあります。そのような場合には土地、建物それぞれ単独の価格を合算したものに対して〔土地建物一体としてみた場合の減価〕が必要となります。これを考慮して〔対象不動産の価格〕を査定します。
基礎価格は、〔対象不動産の価格〕ではなく、賃貸借契約によって対象不動産の使用方法が制約されることによる増減価が反映された対象不動産の価格のことです。不動産の所有者である貸主が使用方法を限定することで、使用方法が限定されない場合と比べて市場性が低くなる場合、減価が生じます。この減価のことを契約減価と言います。
契約減価の例としては、店舗として利用すれば収益があがるような立地であるにも関わらず、倉庫としてのみの利用に限定されている場合や、店舗仕様であっても「飲食店舗不可」となっている場合などが挙げられます。なお、契約で賃借人の利用条件が通常の使用方法よりも緩くなっているので契約増価という例は個人的には聞いたことがありません。
契約減価が発生しない契約内容の場合には、対象不動産の価格と基礎価格は同じです。
②期待利回り
期待利回りは、ある元本(不動産)から得られるであろう(あるいは、得たい)と期待される収益率のことで、年間の収益としてパーセンテージで示される利率です。期待利回りについては2017年11月のコラム収益物件の利回りと価格の関係でも触れています。
この時の収益物件の価格を出すための期待利回りは、既に賃借人(テナント)が入っていることが前提であり、実際の賃料の額(収益)を前提としてその収益を得るための投資額(不動産の価値)を決めるための利回りです。
賃料の評価で用いる期待利回りは、その物件から得たいと期待される収益率という点は全く同じですが、今から賃借人(テナント)と賃貸借契約を結ぶということが前提であり、評価する時点の不動産の価値を前提として、その価値を反映した賃料の額を求めるための利回りです。
さらに、2017年10月号のコラムでは、実質的な利回りの話をお伝えしました。
の関係でしたね。
これらから、〔収益〕は下記の式で得られます。
冒頭に挙げた式と同じになります。
期待利回りは、不動産に投資される資金に対するリターンの割合で、投資資金が向けられる可能性がある他の金融資産の収益率と比較されて決まります。投資の利回りは、将来に向かって価格が安定している、下がらないと判断されれば、リスクが低いと考えられて低くなります。逆に安定性が低い、元本価値が下がる可能性が高いと判断されれば、リスクが高いと考えられて高くなります。
金融資産として思いつくものとしては、預貯金、投資信託、国債、株式、金等ではないでしょうか。不動産は、これらの金融資産と異なり、次のような特徴があります。
・土地の地理的な位置は固定されており、原則として土地は永遠に存在する。
・移動させることができない(建物はあり得ますが、移動させないことが通常です。)
・全ての不動産について、情報が容易に収集できる訳ではないため、流通性が相対的に劣る。
したがって、少なくとも国債や銀行の普通預金、定期預金の方が不動産よりも安全と言えますので、不動産に投資する場合はこれらより高い利回りが求められることになります。
上場株式や投資信託は、投資家にとって必要な情報は全て開示されています。価格の変動の割合が不安定という点で、不動産と似ている部分もあります。金は、所有していてもそれ自体が何か利子を生み出すということはありませんが、キャピタルゲインまたはキャピタルロスが生じることはあります。ただし、金の価格が暴落しても現物は残ります。これらを踏まえて、不動産に投資する人が得たいと思うであろう利回りを判定します。また、対象不動産と似た収益物件が売買されることで取引利回りとして把握することができますので、これらも参考にします。さらに、不動産を購入する際は、金融機関からの借り入れを伴うことが多く、その貸出金利の率も考慮する必要があります。
償却前純収益に対する利回りと償却後純収益に対する利回り
期待利回りは実質的な利回りを用います。
建物の賃貸借が続く間、貸主が負担する費用(必要諸経費)は賃料から回収するものと考え、全部の費用を差し引いた手残りの額を純収益として、元本価値に対する利回りを査定します。
ところで、必要諸経費については、以前のコラム(2017年10月号)に掲げたものが挙げられます。
◇修繕費・修理費
◇管理費
◇税金
◇水道光熱費
◇テナント募集費用
◇損害保険料
◇その他
これらの額はできるだけ実額を考慮して計算を行います
減価償却費は、建物の価額を償却していく会計処理上発生する費用で、実際にキャッシュが出ていくその他の費用項目とは性質が異なります。昨今では、収益物件の収益性を比較する際、減価償却費を費用として考慮しないことを前提とした利回りで比較されることが殆どになってきました。そこで、賃料を求めるための期待利回りも、減価償却費を費用に含めないことを前提とした利回りを用いることが主流になってきています。費用に減価償却費を含まない場合の純収益を「償却前純収益」、含む場合の純収益を「償却後純収益」と言います。
減価償却費を費用として計上する場合には、減価償却費を費用として計上しない場合よりも期待利回りは低くなります。上記の式のとおり、基礎価格に期待利回りを乗じた後に、費用を加算して賃料の額を求めますので、減価償却費を費用として計上する場合には、期待利回りを減価償却前の期待利回りから査定して基礎価格に乗じてしまうと、減価償却分を二重計上してしまうことになります。
その他の必要諸経費
期待利回りの項で挙げたもの以外に、理論上挙げられるものとして、貸し倒れ準備費、空室等による損失相当額があります。
貸し倒れ準備費は、これを計上しない場合とする場合があります。計上しない場合としては、賃貸借契約の開始時に、敷金や保証金、礼金等の一時金を受け取っている場合です。これらの一時金の授受があれば、万が一賃料不払いが発生しても一時金でカバーが可能です。また、昨今では保証会社と契約することによっても不払い分がカバーされます。計上する場合は、そのどちらもないという場合です。
空室等による損失相当額は、礼金等の契約終了時に借り主に返還しない一時金を受け取る場合には、多少の空室が続いてもカバーできると言えます。空室等による損失相当額を把握するためには、周辺の同じような収益物件の空室率を調査し、反映させる必要があります。しかし、高い空室率が続く地域の物件の場合には、計上することでかえって賃料が上がることになり、現実的ではない賃料が算出されてしまいます。
積算賃料はあくまで原価の積み上げという視点から試算していくもので、最終的に対象不動産の経済価値を反映した賃料を決定するためには、他の手法(来月以降にお伝えします)も用いますので、一旦積み上げて試算しておくというのが正しいと言えます。
しかし、試算していて悩ましいところではあります。
今月はここまでです。ありがとうございました。