「不動産価格・査定・鑑定評価等」について、不動産評価の仕組みを解説した不動産鑑定士のアドバイスです。
土地の一部を売って、残った土地の価値が下がるような場合~【限定価格】という価格の種類
おさらい 市場が限定される場合の価格【限定価格】
不動産に限らず売買全般に言えることですが、そもそも自らの意思で売るのか、「売ってください」と言われてそれに応じるのかによって、売主買主の力関係は変わってきます。たまたま売ろうかなと思っていた、売ってもいいかなと思っていたところにたまたま買いたい人が現れた場合には、両者の力関係は均衡していますが、売ろうと思っていなかったところに、それがどうしても欲しいという買い手が現れた時には、売り手が強くなって、需給均衡であれば成立する価格よりも高い価格で取引されることがあります。これは以前のコラム(2020年4月)でも述べましたが、「買い進み」と呼ばれる取引の事情があるということになります。
2020年4月と8月のコラムでは、そういった心理的に「どうしても欲しいから買う」ということとは別に、それを買った結果「買い手が得をする」のだから、得する分高く買っても経済合理性が成り立つという考え方である【限定価格】を紹介しました。「隣地を購入する場合」や「借地人が底地を購入する場合」です。
2020年8月号で挙げた限定価格の不動産鑑定評価基準上の定義では、その文章中に【(~中略~)】がありました。略した部分には「又は不動産の一部を取得する際の分割等に基づき」が入ります。今月はその略した部分がなぜ【限定価格】なのかを説明します。
土地を分割したときのそれぞれの元の土地と分割後の土地の価格
「Aさんの土地300㎡を半分売る」ことを考えてみましょう。
図1のような割り方でA-1の部分を売るとき、売る土地A-1の価値も、残る土地A-2の価値も元の土地全体より安くなるということはない(同じ程度か、むしろ総額面で上がることもありますが、ここではそれは捨象しています)のが通常です。
しかし、図2のような割り方の場合はどうでしょうか。
図1と同じ150㎡ずつ分割するということで、A-3の土地が残る場合は元の土地全体よりも安くなることはないですが、A-4の土地が残る場合は残る土地の価値は元の土地全体よりも低くなります。図2でAさんがA-4を残してA-3を売ると自らが判断して売りにだす場合、A-4の価値が元の250,000円/㎡から220,000円/㎡に下がってしまっても、Aさんは誰にも文句は言えないはずです。しかし、買い手側から「A-3を売ってください」という場合、Aさんが「自分に残される土地(A-4)の価値が下がる」という認識があれば、A-3の部分を売りたくないでしょう。
不動産の一部を取得する際の分割とは
Aさんが図2の様な割り方で、A-3の部分を売りたくない理由は、自分に残される土地の価値が下がるからです。残った土地を持ち続けている限りは下がったことが表面化しないのですが、分割の仕方によっては、資産価値を減少させてしまうことがあるのです。こういう分割によって残る土地の価値が元の価値よりも下がってしまうような分割を「経済合理性に反する分割」と呼んでいます。
先の図2の場合のそれぞれの価格をみると、以下のとおりです。
Aの土地全体 250,000円/㎡×300㎡=75,000,000円
A-3 250,000円/㎡×150㎡=37,500,000円
A-4 220,000円/㎡×150㎡=33,000,000円
計 70,500,000円
A-3とA-4の価格を足した額は、Aの土地全体よりも4,500,000円も低くなっています。
75,000,000円-70,500,000円=4,500,000円
ところで、一体となっている土地を分割して一方を「売買」するというのはどういう場合かということを改めて考えてみると、その多くは次のようなものではないでしょうか。
・今までは使っていたが、使わなくなった土地ができたので売る
・相続が発生したが相続財産がその不動産のみなので、一部を分割して売却し、納税資金にする。
・相続が発生したが相続財産がその不動産のみなので、遺産分割の過程で不動産を相続する者が金銭で精算を受ける他の相続人のために、一部を売却して現金化する。
挙げた例をみてみると、いずれも「売る」例になっています。このような場合には、たとえ残る土地の価値が元の全体の土地の価値よりも低くなったとしても、売り手は受け入れざるを得ません。図2でA-3を分割して売る〔経済合理性に反する分割〕を売り手が行う場合には、A-3の価格はA-1やA-2と同額になると思われますが、残された土地A-4は低くなった価値のままで残ることになります。
一方、Aさんに「土地全体からA-3だけを売ってください」と「買う」側が申し入れる場合は、「残る土地の価値が元の全体の土地の価値よりも低くなるから売らない」となって売買が成立しなくなることもありえます。
図2の「土地の一部(A-3)だけ売ってください」というのは、買い手が他人の土地に対して自分に必要な範囲のみ〔経済合理性に反する分割〕を求めることになります。そこで、買い手が「A-4の価値が下がる分は補償します。だからA-3だけを売ってください。下がる額の4,500,000円をA-3を購入する価格に上乗せします」と提案してくれるならば、Aさんに損は生じないわけですから、A-1やA-2の価格よりも高くなりますが、Aさんと買い手との間では納得がいく価格となります。
〔経済合理性に反する分割〕を行ってその一部を買うという場合であっても、その分割を行わなければならない理由が売り手側にあるのか買い手側にあるのかによって、残った土地の価値が下がる事に対する補償が必要か必要でないかが変わってきます。分割を行わなければならない理由が買い手にあり、売り手に残される土地の価値が下がる場合には売り手に対して補償が必要となります。
不動産鑑定評価基準で、限定価格の定義に「不動産の一部を取得する際の分割等に基づき市場が限定される場合」と「取得する際」となっているのは、以上の理由です。
なお、図2の例で、A-4を購入するために分割を求められた場合、残る土地の価値は変わらないが、購入する土地は、単独でみると元の土地よりも単価が安くなります。買い手側都合で経済合理性に反する分割を行って(行わせて)購入する場合の価格は、元の土地の単価でなければ売り手が納得せず、売買が成立しないことになりますので、この場合のA-4の価格は元の土地の単価に面積を乗じた額が、売買当事者にとって経済合理性に反する分割を前提とする売買に関連した適正な市場価値を表す価格【限定価格】となります。
経済合理性に反する分割の例
上記図2のような分割もそうですが、経済合理性に反する分割を前提とした購入部分について限定価格の鑑定評価を求められることは、小職も殆ど経験がありません。強いて言えば国と国の省庁間や国と自治体との所管換えを行うための評価くらいでしょうか。
しかし、同様の考え方で、売買後残る土地の価値減の額を補償するために補償額を算定するということは何度か経験しています。
道路や公園の公共用地をつくるための買収のために行ったものです。
図3は、道路を作るために買収される宅地の例です。
図3の例のような土地は、買収される土地、残る土地ともに元の土地よりも形が悪くなり、単独でそれぞれの価格をみた場合には、元の土地よりも単価が安くなってしまいます。
売買する範囲は、売り手がその範囲を売ろうとして決めたわけではなく、買い手である事業者が「この範囲を買います。売ってください。」として決まったものです。特に道路用地としての買収の場合には公共の福祉のために国民・市民の私権を制限するものですから、所有者が損をすることの無いように、買収する土地については元の土地の単価で買収し、残る土地の単価が元の土地の単価よりも下がってしまう場合には、単価が下がる分の総額が補償されます。
仮に、買収後残る土地の価値が下がる場合の買収部分の限定価格を求めるとすれば、上記のaとbを併せたものとなります。
「仮に」とするのはなぜかというと、確かにこのような公共用地のための土地買収の際は、不動産鑑定士が買収価格の鑑定評価を行っています。しかし、買収する土地について限定価格の鑑定評価を行うということはなく、元の土地について正常価格の鑑定評価を行います。そして事業者が、その元の土地の正常価格の単価を買収する土地の面積に乗じて購入価格を決定し、買収することとなっているからなのです。
今月はここまでです。ありがとうございました。