相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
相続税の納税義務者
本稿は意外に専門家や銀行・証券会社のコンサルタントの方もよくご覧になっているようなのでしばらく少し専門的な点も解説してみることにします。
学習のポイント
相続税の納税義務者は誰ですかと質問すると、「法定相続人です」という答えをする人をよく見かけます。税理士でも相続税に不慣れな人はそういう答えをする人が珍しくありません。
相続税の納税義務者とは、相続税を納めなければならない人ですから、当然、財産を取得している人です。相続税の世界において、亡くなった人の財産を取得する人は相続人に限りません。逆に、相続人でも財産を全く取得しない人もいます。
そうすると、相続税の納税義務者は、原則として相続、遺贈、死因贈与で財産を取得した人ということができます。このほか、平成15年に新設された相続時精算課税制度を使って、相続が開始するまでに被相続人から贈与を受けていた人(個人)も相続税の納税義務者になる可能性があります。遺産を取得しなくても被相続人の死亡保険金を受け取った人は相続税の納税義務者となる可能性があります。
また、近年は相続人が海外に住んでいる場合もそれほど珍しくありません。相続遺贈などにより財産を取得すると、遺産が外国にあっても相続税の納税義務を負います(無制限納税義務者:全世界課税)。被相続人も相続人も日本に住んでいるとこの原則が適用されます。逆に、相続税法は、日本国内の財産を相続、遺贈、死因贈与で取得した人は、日本国内に住んでいなくても、外国人でも、日本政府に相続税を納付するようにしていました(制限納税義務者)。ただ、この原則を忠実に適用すると、被相続人や贈与者が国内に住んでいる場合でも、外国に住んでいる人が外国にある財産を相続や贈与で取得すると外国にある財産には相続税や贈与税が課税されないということになり課税の公平さが失われることがありました。
そこで、このような場合でも課税もれが起きないように近年相続税法が何度か改正され、相続税や贈与税の納税義務者の規定は複雑になっています。
この他、個人でなくても①代表者又は管理人の定めのある人格のない社団又は財団が遺贈により財産を取得すると常に相続税法上は個人とみなされ相続税の納税義務者になります。持分の定めのない法人の納税義務は遺贈者の親族などの相続税の負担が不当に減少する結果になる場合に限定されますが個人とみなされ相続税の納税義務者になります(相法66④)。
相続税の国際課税
■改正の経緯
相続税や贈与税の納税義務者は、日本国内にある財産を相続や贈与により取得した場合だけ納税義務者になる制限納税義務者と、海外にある財産を相続や贈与により取得した場合にも納税義務者となる無制限納税義務者の二つに分けることができます。
平成12年改正前までは、上述のように無制限納税義務者とは相続・遺贈・贈与により財産を取得した時に法施行地内に住所を有している者とされていたので、外国に居住する子どもが、国外財産を相続・遺贈・贈与により取得する場合には、国内財産を取得する場合だけ相続税や贈与税の納税義務者になることとされていました。
そうすると、主な財産を国外に移し、子どもなど受贈者も国外に居住させた後、この仕組みを利用すると多額の租税回避も可能でした。
また、相続人が海外に居住していた場合には、海外に財産を移転しておくと海外に居住している相続人は日本国内にある財産を取得しなければ相続税の納税義務者になることがありませんでした。
このような事態に対処するために平成12年に税制改正を行い無制限納税義務者の範囲を拡張しました。
被相続人・贈与者及び相続人・受遺者・受贈者が課税時期に国内に住所がなくても、どちらかが相続税や贈与税の課税時期以前5年以内に日本国内に住所があれば国外の財産についても相続税や贈与税を課税することとし、計画的な租税回避に網を掛けました。
また、海外で出生し、外国籍しか持たない富裕層の子弟に対する租税回避を防止するために、相続や贈与により財産を取得した人が日本国籍を有しない場合にも被相続人や贈与者が国内に住所があるか課税時期に国内に住所がなくとも課税時期から遡って5年以内に国内に住所があった場合は無制限納税義務者となるとされました。
ただ、この結果、外国人が日本に働きに来ている時に亡くなると、その子ども(日本国籍のない外国籍の子ども)は、海外の財産も含め日本政府に相続税を納税する義務が生じてしまうこととなりました。海外で生じた相続税類似の税金は日本の相続税で外税控除できるとしても、実務的には課税すべきでないところまで課税範囲に入れてしまった感があります。
そこで、平成29年4月1日から短期滞在の外国人(外国人駐在者)同士の相続税や贈与税については、国外財産を課税対象にしないこととしました。半面、親子で海外に住所を移転し5年経過後に多額の国外財産を贈与する事例が増加することが予想されたことから、相続人や受贈者又は被相続人や贈与者が5年以内に国内に住所を有する場合は、全世界課税とするという規定の5年という期間を10年に延長しました。
この時導入された概念が相続税では、一時居住者、一時居住被相続人及び非居住被相続人、贈与税では一時居住者、一時居住贈与者、非居住贈与者という概念です。
外国人である相続人や受贈者が相続開始時や受贈時に日本国内に住んでいても、日本に住所がある期間が課税時期から遡って15年間の居住期間の合計が10年以下であれば(このような外国人居住者を「一時居住者」といいます。)、被相続人や贈与者が一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合は、日本国内の財産を相続、遺贈、贈与で取得しなければ納税義務者とならないようにしました。
また、日本に住んでいる外国人が亡くなった場合や日本に住んでいる外国人が一時居住者である外国人に贈与した場合でも、被相続人や贈与者である外国人の日本国内の居住期間が相続開始時や贈与時前15年以内において合計10年以下である場合(このような外国人を「一時居住被相続人、一時居住贈与者」といいます。)は、一時居住者である外国人が日本国内の財産を取得しなければ納税義務が生じないようにしました。
ただ、平成29年の改正は、課税時期にはすでに帰国し日本国内に住所を有しない外国人であっても課税時期前10年以内の何れかの時において日本国内に住所があったことがある被相続人や贈与者であれば、相続開始時や贈与時前15年以内において日本国内に住所があった期間の合計が10年以下である外国人(「非居住被相続人、非居住贈与者」といいます。)に該当しなければ、相続や贈与によって財産を取得した者は日本国籍を有していない者でも全世界課税とするという改正を行っていました。
相続開始時や贈与時に母国に帰国していた外国人が非居住被相続人や非居住贈与者に該当しないケースでは(10年を超えて日本に滞在していた外国人教授などが帰国した後5年以内に相続や贈与があった場合)には国外財産にも相続税や贈与税が課税されることとされていました。
(1)一時居住者とは、相続開始や贈与があった時に在留資格を有する者で相続開始や贈与の時前15年以内に日本国内に住所を有していた期間の合計が10年以下であるものをいいます。
(2)一時居住被相続人、一時居住贈与者とは相続開始時や贈与の時において在留資格を有し、かつ、日本国内に住所があった被相続人や贈与者であって、相続開始時や贈与時前15年以内において日本国内に住所をあった期間の合計が10年以下であるものをいいます。
(3)非居住被相続人、非居住贈与者とは、相続開始時や贈与時において日本国内に住所がなかった被相続人や贈与者であって次に掲げる者をいいます。
①相続開始時や贈与時前10年以内の何れかの時において日本国内に住所があったことがある者のうち相続開始時や贈与時前15年以内において日本国内に住所があった期間の合計が10年以下の者(この期間引き続き日本国籍を有していなかった者に限る。)
②相続開始時や贈与時前10年以内のいずれの時においても日本国内に住所がなかった者。
■平成29年改正の国外財産に対する相続税・贈与税の納税義務者一覧
・平成30年の改正後の相続税の納税義務者
上述のように、平成29年改正では、日本に長期間(10年超)滞在した外国人が出国後5年以内に行った相続や贈与については、国外財産にも相続税や贈与税が課税される仕組みになっていました。これについては、引退後に母国に戻った外国人が死亡した場合にまで、日本国外にある財産についても日本の相続税が課税されるのは酷であるとの指摘があり、平成30年の改正では、外国人が出国後に行った相続や贈与(一定の場合に限ります。)については、国外財産には課税しないこととされました。
相続税においては、相続開始前10年以内のいずれかの時においても日本国内に住所を有していたことがないものは元より、相続開始前10年以内のいずれかの時において日本国内に住所を有していたことがある外国人も非居住被相続人とされました。この結果、外国に住所を有する外国人が外国に住所を有する外国人である被相続人から相続・遺贈により取得する日本国外にある財産については被相続人の日本国内に住所を有していた期間にかかわらず相続税は課税されなくなりました。
・平成30年改正後の贈与税の納税義務者
贈与税の納税義務者は、相続税の場合と異なり、贈与者が生存していることから、一時的に外国に住所を移すことにより、日本の贈与税課税を免れることも可能です。そこで、非居住贈与者の要件については、非居住被相続人とは異なり、次のように改正されました。
非居住贈与者とは、贈与の時において日本国内に住所を有していなかった贈与者であって、次に掲げるものをいいます。
(1)贈与前10年以内のいずれかの時において日本国内に住所を有していたことがある外国人であって次に掲げるもの
①日本国内に住所を有しなくなった日前15年以内において日本国内に住所を有していた期間の合計が10年以下であるもの
②日本国内に住所を有しなくなった日前15年以内において日本国内に住所を有していた期間が10年を超えるもののうち同日から2年を経過しているもの
(2)贈与前10年以内のいずれかの時においても日本国内に住所を有していたことがないもの
■平成30年の改正により新設された贈与税の申告義務規定
贈与税の申告においては、「短期非居住贈与者」という概念を新たに設け、日本国外に居住する外国人が短期非贈与者から財産の贈与を受けた場合、短期非居住贈与者が日本国内に住所を有しなくなった日から2年を経過するまで贈与税の申告義務がないこととし、二年経過後に、短期非居住贈与者が再入国した場合は再入国した日の属する年の翌年3月15日までに贈与により取得したすべての財産につき贈与税の申告をすることにし(贈与を受けた年分の申告書を提出します。)、短期非居住贈与者が日本国内に住所を有しなくなった日から二年を経過した場合(再入国しなかった場合)には、贈与により日本国内にある財産を取得していたときは、二年を経過する日の属する年の翌年3月15日までに贈与税の申告をしなければならないこととされました(贈与を受けた年分の贈与税の申告書を提出します。)。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。