相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
相続税と所得税の狭間(特例編)
今回は、相続が関連した物件の譲渡について時系列に沿って進めていきます。
それでは、税法の取り扱いはどうなっているのでしょうか。
少し難しいかもしれません。
「長男さん」になったつもりで、ゆっくり読み進めていただければと思います。
こんなケースを考えてみます。
4人家族です。「お父さん」・「お母さん」・「長男さん」・「長女さん」
高齢の「お父さん」は認知症の症状があり、「お母さん」だけでは介護が難しくなり7年前から老人ホームに入居しています。
それ以降も、「お母さん」は実家で一人暮らしをしていましたが、2年前に骨折がきっかけで要介護認定をうけ、やはり老人ホームに転居しました。
「長男さん」は、転勤族。自分の自宅マンションはあるものの、会社の福利厚生が充実していることもあり、最近2年間は社宅に居住。
「長女さん」は、配偶者と共有の自宅に居住。
実家は「お父さん」名義。「お母さん」の施設入居後もそのままで空き家の状態です。
設問1【相続税】
「お父さん」が亡くなられて、相続が開始しました。
実家の相続時に特定居住用の小規模宅地の特例が使えるでしょうか。
① 「お母さん」が相続する場合→〇使える
ポイントは二つ。
・施設に入居して要介護の場合は、施設入居直前の状況で判断。「お父さん」の居住用になる。
・配偶者が取得すれば、相続開始時に同居していなくてもOK。
② 「長男さん」又は「長女さん」が相続する場合→×使えない
・今は借家住まいでも、3年以内に自己や配偶者など一定の者の所有する家屋等に居住している場合は特例の適用はムリ。
小規模宅地の特例を適用して実家は「お母さん」が相続しました。
設問2【所得税】
相続した実家をすぐに売却した場合の譲渡所得は?
① 居住用財産の譲渡所得の3,000万円の特別控除の適用→×使えない
・「えっ、「お母さん」は2年前まで住んでいたでしょ。住まなくなって3年以内の居住用自宅の売却だったら使えるはずでは?」と思われた方もおられると思います。
(私も、人情としては、そう思います)
所得税の譲渡所得の特例「居住用の3,000万円控除」では、法令で「個人(お母さん)が、その有する土地等又は建物等」で「個人(お母さん)が居住の用に供している家屋」で「居住の用に供されなくなった日から、3年を経過する日の属する年の12月31日までの間」に譲渡した場合に限定されています。
税法での適用要件である、「個人が有する土地・建物」に居住していないため、該当しないことになってしまうのです。
「お母さん」が実家に住んでいた2年前は、「お父さん」のものでした。
相続時には、すでに老人ホームに居を移していたため、自分のものになってからは、居住したことがありません。そのため、「お母さん」にとっては、自己の居住の用に供している家屋ではないという法解釈になってしまうのです。
かつてその家に住んでいても、居住しなくなってから相続した場合は「居住用の3,000万円控除」の特例は使えないのです。
また、「お父さん」は、ご自宅から老人ホームに転居するときには、「お母さん」と同居しており一人暮らしではなかったので、『被相続人の居住用財産(空き家)にかかる譲渡所得の特別控除(いわゆる「空き家特例」)』の適用はできません。
なお、仮にすぐに売却したとしても、相続税法上では、配偶者は、特定居住用小規模宅地を適用するために、申告期限まで保有する必要がある(保有要件)という縛りはありません。そのため、相続税の修正は必要ありません。
(配偶者以外の方が小規模宅地の適用を受けた場合は、保有要件があります。申告期限内に売却すると相続税での特例を否認されてしまいます。念のため。)
そろそろギブアップの方もおられるかもしれませんが、まだまだ続きます。
「お母さん」の希望もあり、実家の売却はあきらめ、しばらくそのまま所有することにしました。
設問3【相続税】
「お母さん」がその5年後にお亡くなりになり、相続が開始しました。
相続人は、「長男さん」、引き続き社宅住まいです。「長女さん」も転居はしていません。
実家に小規模宅地(特定居住用)の特例の適用はできるのでしょうか。
① 「長男さん」→〇適用できる。「長女さん」は当然のこと無理です。
・設問2では、譲渡所得の居住用の特例では「居住用」と認められなかったのに、これができるとは、いったいどういうことか?という声が聞こえてくるようです。
実は、判定の時期と条件が、違うのです。
所得税の居住用の3,000万円の特別控除は、特例の要件が、譲渡時の現況で判断するため、自分のものになってから住んだことがない場合は「自己の居住用家屋」ではないとされてしまいました。
一方、相続税の特定居住用の小規模宅地の適用の条件も、原則では、同様に相続開始時点の現況で判断することになっています。
しかし、平成26年1月1日以後に開始した相続等の場合については、『被相続人が老人ホームに入所していた場合における空き家となった家屋の敷地に対する特定居住用宅地等の判定』 (平成25年度税制改正) という改正がされたことにより、適用範囲が緩和されています。
被相続人が介護認定を受けていた場合は、たとえ老人ホームに入居していても、自宅の居住用判定をその老人ホーム等の入居直前で判定することになったのです。
その後、事業や貸付などに利用していないなど一定の条件もありますが、その条件の中には、老人ホーム等に入居直前に宅地を所有していたどうかについては規定されていません。
ですから、この設問3では、相続開始日ではなく、「お母さん」が7年前に老人ホームに転居した直前で判定しますので、居住用の物件と認められ、その時は自宅を所有していなかったとしても、特例対象とすることが可能です。
② 「長男さん」は、自宅マンションがあっても、7年間ずっと社宅住まいなので、特定居住用の小規模宅地の特例の適用ができるのです。
「長男さん」が、特定居住用の小規模宅地の減額特例を受けて相続税の申告を終えて、申告期限まで保有しました。
設問4【所得税】
「長男さん」は、相続税の申告期限も過ぎ、小規模宅地の特例の保有要件をクリアしたので、実家の売却を決意しました。
利用できる譲渡所得の特例はあるのでしょうか。
① 『被相続人の居住用財産(空き家)にかかる譲渡所得の特別控除(いわゆる「空き家特例」)』→〇適用できる。
この場合も、要介護認定されて、老人ホームに転居しているので、その後空き家であれば適用が可能です。また、一人暮らしかどうかも、老人ホーム入居直前で判定します。
もちろん、昭和56年5月31日以前に建築されている家屋であるとか、区分所有建物でないこと、取り壊し条項など他の条件をクリアしているということが前提です。
② 実家が築浅であるなどの場合は、空き家特例の適用はできませんので、『相続財産に係る譲渡所得の課税の特例』を検討してください。譲渡物件に課税された相続税を案分計算し、取得費に加算する特例です。空き家特例との併用はできないので、どちらか一方を選択する必要があります。
相続税の申告期限から3年という期間限定です。
【相続税】【所得税】注意すべき点は、更に細部に、取り扱いの差異があるのです。
設問3(特定居住用小規模宅地の特例)と設問4(空き家特例)では、相続税と所得税がどちらも、居住用家屋の判定時期は老人ホーム入所直前であり、同じ取り扱いになるのかと、思いきや、これも違う点がありますので注意が必要です。
どちらも、居住用家屋の判定を老人ホーム転居直前に行う場合には、「要介護で老人ホームに入居している」という条件は同じなのですが、特例が適用できる要介護の判定時期が違うのです。
●特定居住用小規模宅地の特例…相続の開始直前において要介護認定等をうけていること
相続開始時には、ほとんどの方が要介護になるのが通常だと想定されます。
元気な時に老人ホームに入居しても、大丈夫かもしれませんね。
●空き家特例…老人ホームの入居直前において要介護認定等を受けていること
介護が必要なので、やむなく老人ホームに転居した。という場合しか認めませんということなのでしょうか。
今回の設例は、「お母さん」が骨折で要介護になり、やむなく施設にという設定なので、その点は問題ありません。将来、相続人が空き家特例を選択肢として残しておくためには、老人ホーム入所前に要介護認定を受けておくことが無難なのかもしれません。
税法のうち租税特別措置法は、「特例」がほとんどで、施行された時期もバラバラです。
確かに、その法律の立法目的などの1つ1つは、それなりに理由があるのですがやや場当たり的で統一された法体系になっているかというと疑問が残ってしまいます。
予告通り難解になってしまいました。お許しください。次回は、より複雑になりますが、今回のご家族の例が下敷きになっていますので、是非覚えておいてくださいね。