

相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
ちょっとだけ困った遺言書 1
「遺言書を作成しよう!」と思われている方、おられると思います。
法務局で遺言書を保管する制度(自筆証書遺言書保管制度)も整い、自筆遺言を考える方も増えているかもしれません。
もしかしたら、遺言は、自分の意思表示ができる最後の機会。
もちろん、法律行為の一種ですから民法で遺言の方式が定められており、決められた方式に従っていないものは無効になってしまいます。
ただ、法律上は有効でも、「ここを、もう少し考えていただいたほうがよかったかも…」と思う遺言に時々遭遇してしまうのです。
不定期ではありますが、気付いたときに取り上げていきたいと思います。
今回登場される方は、ご主人に先立たれてしまったものの、近隣の皆さんとも仲良く過ごしておられる女性、E子さん。
E子さんは、ご主人からご遺産を引き継がれて、経済的には不自由もないようにお見受けされますが、最近は少し相続税のことが気になっておられるようです。
お子様は2人。基礎控除4,200万円(3,000万円+600万円×2人)を超える財産があるので、元気なうちに「遺言」を作成することを考えています。
『E子さんの独り言』
子供たちも、一人前になったし、孫にも囲まれていい人生だったわ。
10年前に主人を亡くした時は本当につらかった。
近頃は、妹と一緒に旅行へ行くのが一番の楽しみだわ。姉妹っていいものね。
お隣の奥さんとお嬢さんも、身内以上に一人暮らしの私のこと気遣ってくださったし。
俳句サークルに誘ってくださった〇〇さんは、主人がいない淋しさから立ち直れたきっかけになった恩人。(たくさんの顔が次々に浮かぶ)
いろんな人に支えられて、今の幸せな自分がいるのね。(しみじみ)
そうだわ、皆さんにお礼しないと。この感謝の気持ちを遺言に書いとこうかしら。
子供達には、それなりの財産を遺せそうですもの、お礼するぐらいあの子たちも文句はないはずよ。
遺言は、私の想い。
そうねぇ。
妹は、300万円、お隣さんには100万円、あとは〇〇さんに30万円かなあ…。
そうそう、主人の弟さんもよくしてくださったわ。お礼しておかなきゃ失礼かしら。
んーと、あとは…。
ちょっと、待ってください。これからするお話を聞いてから、遺言書を書いても遅くないはずです。
相続税の計算は、まず遺産の合計額から債務などを差し引いた課税価格の合計額を計算します。
次に、課税価格合計額から基礎控除を差し引いて、相続税の総額を計算します。
相続税の総額は、相続や遺贈を受けた人各人の相続税を計算するためのベースの額です。原則的には、受けた財産の割合で案分して相続税を負担することになります。
E子さんの課税価格は2億円。お子様2人の場合の基礎控除4,200万円を超えているので相続税の申告は必要です。相続税の総額の概算は、3,340万円になります。
私には2億円なんて財産はないから大丈夫…とは限りません。
基礎控除【3,000万円+600万円×法定相続人の数】を上回る課税財産があれば、関係は大有りです。
相続税が算出されてしまう方々は同じことになってしまうのです。
では、E子さんの想いのまま作成した遺言により遺産を配分したとしましょう。
お子様以外は、遺贈なので贈与ではありますが、財産の持ち主が死亡したことに起因していますので、税法では「相続税」の対象としています。
「贈与税」であれば、受贈者がその1年間に贈与を受けた金額を申告するので、自分一人で申告することができます。ご存知のとおり、基礎控除も110万円ありますし、それ以下であれば申告は不要です。
けれども、ここに登場する皆さんは遺言による遺贈ですので、妹さんやお隣さん、お友達、ご主人のご兄弟、全員が相続税の申告をしないといけないことになってしまうのです。
相続税の計算は、受けた財産の割合で相続税の総額を案分して負担することになるので、たとえば、100万円を受け取るお隣さんは、
33,400,000×1,000,000/2億=167,000円
の計算となります。
そのうえ、被相続人の配偶者と一親等の親族等(子供と両親及び代襲相続の孫)以外は、2割が加算されますので、お隣さんは、当然加算対象です。
167,000×1.2=200,400円
の相続税が課税されてしまうのです。
110万円以下なのに20万円以上もの税金なんて驚いてしまいますよね。
また、妹さんの場合は、
33,400,000×3,000,000/2億×1.2=601,200円
の相続税です。
ちなみに、生前に300万円をもらった時の贈与税の計算は、次のとおり
(3,000,000-1,100,000)×10%=190,000円
となります。
俳句仲間の〇〇さんへの30万円の遺贈だと
33,400,000×300,000/2億×1.2=60,120⇒60,100円(端数処理後)
となり、110万円を大きく下回っていてもやはり納税が必要なのです。
それにもまして大変なのは、「相続税申告」の手続きが必要なことかもしれません。
計算の仕方をご覧になっておわかりのとおり、「相続税」は課税価格の総額やそれに対する相続税の総額がわからないと計算ができません。そのため、基本的には相続人の方々と一緒に計算し、提出することになってしまうのです。
お子様方は、お礼をすることには納得されても、相続人以外の人と相続に関する情報を多少なりとも共有しなくてはならない点に抵抗感があるかもしれませんね。
相続税申告書や添付書類も全員が準備する必要があります。
お隣さんやお友達の中には、「うれしいけれど…」と遠慮や困惑される方がおられる場合も。
もちろんその遺言を作成されることに、反対というわけではありません。
でも、なんだか110万円以下の場合など相続税がちょっともったいない気がしますし、申告手続きも面倒な気がしませんか?
少しだけタイミングを変えて、たとえば、妹さんやご親戚の場合には、生前中に機を見て贈与して差し上げたらいかがでしょう。
感謝のお気持ちをご自分でお伝えするほうが、先方もより嬉しく感じていただけるのではないでしょうか。また、贈与してもらった方もきっとお礼を言いたいはずだと思うのです。
近隣の方やお友達にも、贈与という方法もありますし、もっと別の形で感謝をお伝えする方法を考えてみるのもいかがでしょう。
気持ちを伝える方法は、ひとつではないのですから。
* なお、生前贈与される場合は、贈与者の方は口座出金される時など、できれば通帳にメモ書きしたりしておき、後日の相続税調査に対応できるようにしておきたいものです。受贈者は基礎控除を超えたら「贈与税」の申告が必要なことは言うまでもありません。