相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
同族会社に対する貸付金も相続財産です
ショートストーリー
父が亡くなって相続税の申告をしてから2 年も経ったある日、相続税の調査が始まった。
税務署の調査官から調査の通知があったのは、私宛てではなく、申告書を作成した税理士宛てだった。なんでも、国税庁が指定した税務代理権限証書という様式の委任状が提出されている場合は、東京や大阪の国税局の税務署は、納税者ではなく税務代理権限証書に記載されている税理士法人や税理士に先に通知するそうだ。
どうして2年間も放っておかれたのかと税理士に聞くと、税務署の都合だそうだ。税務署は、申告書が提出されると、申告書に記載された金融機関や、税務署が色々な方法で蓄積していた資料から当たりをつけた金融機関などに照会文書を出して、申告内容をチェックするのだそうだ。
私のところのように、3月に亡くなり、翌年の1月に申告書を提出したような場合、確定申告の時期と重なり税務署も忙しいので、照会文書の発送が4月にずれ込む場合もある。発送が遅れると金融機関の回答が出揃うのが秋に(亡くなった年の翌年の10月)なる。それから法令の適用誤りなどをチェックしている間に、2回目の確定申告の時期がやってきて、私の提出した申告書のチェックは、しばし、店ざらしとなり、調査することに決まるのが、亡くなった年の2年後の4月ということになるのだそうだ。
父は、会社の社長だった。会社といっても、個人商店に毛が生えたような小さな花屋だった。会社の株は父が70% 、母が30% 持っているような家族経営の会社だった。
父が亡くなったとき、会社にはこれといって見るべき財産は無かった。それどころか運転資金が足りないことがあり、社長である父が会社に1,000万円ほど金を貸していたのだ。税務調査では、この貸付金が問題になった。
貸付金とは別の話になるが、父が亡くなったときに会社が受取人になっている死亡保険金が2,000万円あった。税理士の指導で、この2,000万円を原資として会社は私たち遺族に2,000万円の退職金を支払うことにしていた。一方、会社に対する父の貸付金1,000万円は、会社に返済能力がないということで申告していなかったのだ。
死亡退職金で受け取るなら、相続人は二名いるので、1,000万円は非課税となる。貸付金の回収なら満額相続税の課税対象になるというのだ。
ここがポイント
同族法人に対する貸付金は、相続の重大テーマの一つです。会社に対する貸付金も相続財産ですから、会社に返済能力があれば申告するのが当然です。会社に返済能力がなければどうでしょう。返してもらえない貸付金も相続財産でしょうか? それに、会社に返済能力がない場合とはどのような状態をいうのでしょうか。また状況に応じて貸付金の評価を減額できるのかという問題もあります。
会社が倒産している場合は、返してもらいたくても不可能ですから 貸付金の評価は零になります。会社は営業を続けているのですが、会社の財政状況や営業状態が悪い場合はどうでしょうか。貸付金の評価の前提となる事実認定の問題です。
ショートストーリーの場合は、代表者が亡くなった時点で、会社は2,000万円の生命保険金の請求権を取得することになります。株主総会による死亡退職金の支払決定はその後に行われます。通常、代表者が会社に資金を融通するのは、会社の資金繰りが詰まったときです。返済方法、期限等を明確に定めていることは稀です。期限の定めの無い金銭消費貸借契約は、原則として、いつでも支払を請求できます。遺族が会社に対する債権者としてどう振舞うべきかという問題はありますが、理屈の上では、退職金の支払決定以前に返済請求できるなら貸付金を満額相続財産に計上すべだと税務署はいってくるでしょう。
返済を受ける可能性が少ないから貸付金を相続財産に加えたくないのであれば、生前に債権を放棄する方法や資本に組み入れる方法を検討しておくべきです。
債権放棄をした場合には、原則として、会社は放棄してもらった金額を受贈益として利益に計上しなければなりません。欠損金との関係もありますが、法人税が課税される可能性があります。貸付金を資本に組み入れる(いわゆるデット・エクイティ・スワップ)を行う場合にも債務者である同族法人に債務免除益が生ずる場合があります。債務者である同族法人が債務超過の状態にある場合、1,000万円の貸付債権を有する債権者が債権の代わりにもらった株式の時価が0円であれば、1,000万円の債権を放棄したものと認定される可能性が高いのです。このような場合、繰越欠損金を超える免除益が生じないか事前に検討する必要があります。
債権放棄なり、デット・エクイティ・スワップを行う場合に運よく受贈益が繰越欠損金の範囲内である場合でも、これにより、債務超過の状態が解消し、株価が回復する場合は、債権放棄やデット・エクイティ・スワップを行った債権者から他の株主に対する経済的な贈与が行われたと認定されるケースもあるので注意が必要です。
このように相続税の調査というものは意外に奥が深いものです。40代後半から対策を考え始める経営者も少なくありません。会社の経営者は、なるべく早めにベテランの税理士に相談していただくことが肝要です。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。