相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
親が所有するマンションに家賃を払わずに子が住んだら贈与税がかかるのか
親が所有するマンションに子が家賃を払わずに住んでいるという話をきいたとき、家賃を払わなくて良くてうらやましい、でも、それって普通に家賃を払ったとした場合の金額に対して贈与税を払わなければいけないのでは?などと思ってしまいますよね。
結論を先に申しますと、課税上弊害がないと認められる場合には、子に贈与税は課税されません。
その理由を以下で説明します。
1 法の規定
贈与税は、個人から個人への贈与により取得した財産を課税の対象とし、贈与税を定めている相続税法では、その「贈与」の定義ないし範囲について何ら規定していないため、民法549条以下に定める契約である「贈与」を借用することになりますが、この「贈与」以外の法律行為や取引等でも贈与と同様の効果を生ずる財産の無償移転や利益の供与を伴うことがあり、相続税法(贈与税法という法律はありません。贈与税は、相続税法に、その規定が盛り込まれています。)では、それらの贈与以外の取引等を「贈与」とみなすことにより、「贈与による財産の取得」の範疇にあるものとして贈与税の課税対象としています(相続税法5~9の6)。
このうち相続税法9条は、対価を支払わないで、または著しく低い価額の対価で利益を受けた場合、その利益を受けた者が、その利益を受けたとき、その利益に相当する金額を贈与によって取得したものとみなすこととしています。
この条文だけを読むと、
子は家賃を支払っていないことから、普通に家賃を払ったとした場合の金額相当額の利益を受けていることとなり、贈与によってそれを取得したものとみなされて、贈与税を課されるとお思いになるでしょう。
2 通達の規定
しかしながら、相続税法9条でいう利益を受けた場合について、その取引等の例が相続税法基本通達の9-10に後掲のとおり例示され、密接な関係がある夫婦間、親子間、祖父母孫間等の特殊関係者相互間において行われる贈与のうち、間接的な贈与ともいえる経済的利益の供与については、緩和した課税上の取扱いを定めているのです。
夫と妻、親と子、祖父母と孫等特殊の関係がある者相互間で、無利子の金銭の貸与等があった場合には、それが事実上贈与であるのにかかわらず貸与の形式をとったものであるかどうかについて念査を要するのであるが、これらの特殊関係のある者間において、無償又は無利子で土地、家屋、金銭等の貸与があった場合には、法第9条に規定する利益を受けた場合に該当するものとして取り扱うものとする。ただし、その利益を受ける金額が少額である場合又は課税上弊害がないと認められる場合には、強いてこの取扱いをしなくても妨げないものとする。
相続税法基本通達9-10の意義は、ただし書部分「特殊関係者相互間の取引等により利益を受ける金額が少額である場合又は課税上弊害が無いと認められる場合には、強いて贈与税の課税対象としなくてもよい。」とされているところにあります。
ただし、この通達のただし書の要件となっている「受益金額が少額」が、具体的にどこまでの金額であるか規定や前例はありません。また、「課税上弊害がない」ことについては、これも不確定な要件であってどのような取引行為をもって課税上弊害がないというのかについても、規定や前例はありませんが、この前提要件の「受益金額が少額」と「課税上弊害がない」は選択的接続詞の「又は」で繋がっていますので、そのいずれかに該当すれば、他方の要件にも該当するかどうかに関わりなく、その前提要件を満たすことになります。
この通達のただし書の要件となっている「受益金額が少額」が、贈与税の暦年課税制度の基礎控除額である110万円であると説明する税理士もいるようですが、精算課税適用者に対する課税はどうするかという議論が抜けています。
3 贈与税の課税について
そうすると、相続税や贈与税の課税回避や節税の名の下に行われる異常な行為でなければ、「課税上弊害がない」と認定することができ、贈与税を課されことはないと判断するのが自然でしょう。実務上も、親子間等の不動産の賃貸借に関して、それが無償で行われていたとしても、贈与税を課していることは通常ありません。
これは、親が子に対して無償で住宅を貸与するのは、経済的行為として行っているのではなく、親子間という情誼に基づいて行われ、相続税において、土地家屋の使用貸借に係る使用権の価格は零とし、利用制限が無いものとして100%として評価していることとのトレードオフの関係にあることからとも思われます。
4 今後の動向に注意
最近のニュースで「政府税制調査会において、暦年課税を廃止し、相続税・贈与税一体化議論を始めた。」という記事が掲載されていました。どの程度まで議論が進むのか不明ですが、1年間に贈与によりもらった財産の価額が基礎控除額110万円以下であれば贈与税が課されないという暦年課税の制度を廃止したとき、相続税法9条の解釈変更や上記「受益金額が少額」の基準が示されるかもしれません。
転ばぬ先の杖、信頼できるベテラン税理士を見つけて相談できる体制を整えておくことをお勧めいたします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。