相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
親の心子知らず・子の心親知らず
相続税の申告を担当する税理士は、少し特殊な立ち位置です。
遺産の内容、ご家族の関係、生前のお仕事や日々の生活、等々。プライベートなお話を伺うことも多いのですが、あくまでも「事情を知っている他人」なんです。
そのためか、ご親族やお友達には、言いにくい呟きや不満がこぼれてしまうことがあります。
ご主人の相続税申告の打ち合わせ中の事。(親子の相続ではありませんが…)
「税理士さん、私一つわからないことがあるんです。
お友達みんなが預金を引き出して「現金にして自宅に置いている」って聞かされて。
主人に何度もそのことを伝えました。でも、主人からは最後までOKが出なかった。
なんだか、私の言うこと少しも聞いてくれない感じで。
そのせいで、税金に影響が出ないのでしょうか。」
この方のご主人は、すべての財産を奥様にという遺言を残しておられました。
相続人はほかにもおられたのですが、遺留分などは発生しない方々だけ。
私は、手持現金でも相続財産として申告が必要なこと(参考4月号都市伝説「タンス預金の誘惑」)を説明するとともに、申し上げました。
「ご主人は、配偶者の税額軽減で税金がかからないことをきっと計算されていたと思います。必要以上に現金を手元に置いて、ご自分の亡き後、奥様の心を煩わすことの無いようにというお心遣いですよ。お優しい方だったのですね。」
「そうなのですね。私は、法律も何も知らなくて。最後の最後まで私のことを考えてくれていたのですね。」
と、少し涙目になっておられました。
別の方は
「母とは、あまりいい思い出がないんです。
父が早くに亡くなって、母が育ててくれたことはありがたいと思っています。
家で仕事をしていたので、一人で放っておかれるようなことはありませんでした。
ただ、「ケチ」だったのです。私が子供のころから、今までずっと。
流行りのおもちゃとか、買ってくれなかった。甘えられなかった。その頃から少し距離を感じていました。
歳を取ってからも「あなたには、世話にならないようにするから」っていつも言って、結婚したり、家を建てたりするときの援助はしてくれなかった。
だから、相続税がかかるほど財産があったとは思いもよりませんでしたよ。」
難しいです。
きっとお母様は、一人での子育てで、大人として「お金」の大切さを身に染みてわかっておられたのでしょう。でも、小さな子供の価値観がそれと違っていたとしても誰も責められないと思うのです。
私から一つだけお願いをしました。
「ご遺産を是非大切な事のためにお役立てください。そして、その時に、お母様に『ありがとう』とお声をかけてさしあげてください。」と。
農地をお持ちの方の相続でした。
「農地のままだったら、土地の評価は大したことなかったのに、こんな田舎で宅地にして不動産経営するなんて、親父の道楽みたいなもんでしょ。貸家の管理も結構大変。大して儲かるわけじゃないのに確定申告も絶対しないといけないし困ったもんですよ。」
確かに最近は人口が減少傾向でもあり、郊外での不動産経営も難しい時代となっています。
聴けば、お父様の代までは専業農家。代々農地を受け継がれているとのことでした。お父様が相続したときの状況は別の意味で大変だったのです。その証拠に遺言の中に「私が経験したような苦労をさせたくない」とありました。
相続税の負担が一番重くのしかかるのは、「地主さん」の相続かもしれません。おそらく、前回の相続時には、農地がほとんどで現金や預金は限られたものだったでしょう。長男が農家を継ぐ、ほかの兄弟はいくらかの現預金をもらう。そんな構図です。
跡継ぎであったお父様は、自分自身の預金を取り崩し、なお足らずを延納(税金を分割で納付すること)して相続税を支払ったことが分かります。古い登記簿に税務署への担保提供の跡がありましたから。
自分の代では、せめて相続税が納められるように少しでも現預金の貯えを増やしておこうとか、宅地のほうがいざという時は売却が可能だとか、きっとお考えになられたのではないかと。
「なるほど」とおっしゃっておられました。
新型コロナが5類に移行し、帰省や旅行など、ご家族で楽しい団らんを過ごされる機会も増えたことと思います。
遺言書の作成の有無にかかわらず、「親」の気持ちを子供たちに伝えることも大切なことです。子供たちの状況も常に変化します。親サイドの独りよがりにならないように、そして子供たちは親の想いを尊重しつつ、その世代の現状と要望を踏まえた相続。
久しぶりのこの機会に、お互いに優しい気持ちで、想いや感謝を言葉にしてみてはいかがでしょうか。
もちろん、私たちも、税理士としてのサポートはいたしますが、親と子のお互いの心を知ることが答えを探る一番の手立てとなると思います。
* 文中のエピソードにつきましては、特定の方のお話というものではなく、今までお会いした皆様からお聞かせいただいたものを編集いたしました。