相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
相続税の取得費加算の特例、更正の請求の期限は2か月と短いので注意してください。
相続税の課税対象となった土地、建物、株式等、ゴルフ会員権、金地金などの財産が、相続後に譲渡されると、それらの財産については相続税のほか、譲渡所得税が課税されることになります。
二重課税となるのでは?と思うかもしれませんが、相続税と所得税の課税の根拠が異なるため、譲渡した場合には譲渡所得税も別途課税されてしまうのです。
しかしながら、相続人が相続税の納税をするためその相続財産を譲渡する場合等の状況をしん酌する必要があるから、申告期限から3年以内に売却した場合には、納税した相続税の一部を譲渡所得の計算上控除することができる特例があります。
この特例を相続税の取得費加算の特例といいます。
今回は、この相続税の取得費加算の特例について説明します。
1 相続税の取得費加算の特例の要件(概要)、手続
⑴ 相続税の取得費加算の特例を受けるための要件は下記の3つです。
① 相続、遺贈、死因贈与により財産を取得した個人であること。
② その財産を取得した人が相続税を納めていること。
③ 相続した財産を相続開始日から3年10ヶ月以内に譲渡していること。
⑵ 相続税の取得費加算の特例を受けるための手続
この特例を受けるためには所得税の確定申告をすることが必要です。
確定申告書には、①相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書、②譲渡所得の計算明細書などの添付が必要です。
2 所得税の確定申告期限と相続税の申告期限
相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書を作成するためには、相続税の税額が計算されていなければなりません。
譲渡所得のある人の所得税の確定申告期限は、資産を譲渡した日の属する年の翌年3月15日であるのに対して、相続税の申告期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月です。
例1のように、資産の譲渡をした日の属する年の翌年3月15日までに相続税の申告期限があり相続税の計算ができていれば、相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書を作成することもできるでしょう。
しかしながら、例2のように、資産の譲渡をした日の属する年の翌年3月16日以後に相続税の申告期限があり相続税の計算ができていなければ、相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書を作成することができず、相続税の取得費加算の特例の適用を受けることができないのでしょうか。
3 租税特別措置法39条4項の定め(要旨)
上記例2のような場合について、租税特別措置法39条4項は、要旨以下のように定めています。
資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告期限の翌日から相続税申告期限までの間に相続税の申告書を提出した者で、相続税の取得費加算の特例を受けることにより所得税の税額が減少することとなる場合には、当該相続税の期限内申告書の提出をした日の翌日から2か月を経過する日まで、税務署長に対し、更正の請求(税額の減額を求める手続、以下同じ。)をすることができる。
そのため、所得税の確定申告期限までに相続税の税額が計算されていない場合には相続税の取得費加算の特例を適用しないで確定申告をすることになりますが、その後、相続税申告期限までの間に相続税の申告書を提出して相続税の取得費加算の特例を受けることにより所得税の税額が減少する場合には、相続税の期限内申告書の提出をした日の翌日から2月を経過する日までに更正の請求をすることができることになります。
上記例2の更正の請求期限は、相続税の申告書を申告期限の日に提出したとすれば、相続税の取得費加算の特例の適用を求める更正の請求期限は、令和4年8月1日となります。
なお、この定めは、相続税の取得費加算の特例を受けようとしても相続税額が確定していないために同特例の適用を受けられないものが更正の請求により同特例の適用を受けることができるようにするものですから、所得税の確定申告期限までに既に相続税の申告書を提出した者及び相続税の申告書を期限内に提出した後に所得税の確定申告書を期限後に提出した者は、この定めによる更正の請求をすることができません。
4 まとめ
相続税の取得費加算の特例は、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過するまでの間に行われた譲渡に適用されるものですから、相続税の申告期限前に相続財産を譲渡して所得税の申告期限が到来するものは、期間的な割合からか換価遺言や相続税の納税資金不足でもなければ相続税の申告が終わってからとお考えになる方が多いのか、租税特別措置法39条4項の適用の数は多くありません。
そのためなのか、国税庁のホームページで提供している「タックスアンサー(よくある税の質問)」や「相続財産を譲渡した場合の相続税額の取得費加算の特例チェックシート」などにも、租税特別措置法39条4項の適用について説明されていません。
所得税の確定申告における更正の請求期限が原則5年であることから、まずは相続税の申告をしてゆっくりと所得税の更正の請求をしようなどと考えていますと、相続税の期限内申告書の提出をした日の翌日から2月を経過する日を過ぎてしまうでしょう。
相続税の申告期限前に所得税の申告期限が到来する場合、相続税の取得費加算の特例の適用を求める更正の請求期限は、相続税の期限内申告書の提出をした日の翌日から2か月を経過する日です。
転ばぬ先の杖、独りで悩まず信頼できるベテラン税理士を見つけて相談なさることをお勧めいたします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。