相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
都市伝説「タンス預金の誘惑」
昔から「かまどの下の灰まで」と言われますように、すべての財産が相続財産となります。もちろん、プライスレスのものは除かれるのですが、相続税の計算においては、すべて「価額」に置き換えて課税されることになります。
相続税の申告では、タンス預金や手許現金、場合によっては生前からご家族が預かっている財産や貸金庫に保管しているお金なども、相続財産として申告する必要があります。
どのご家庭でも、生活費として財布の中身が0円ということはまず少ないでしょう。また、もしもの場合に備えて、葬儀費用や医療費の精算などある程度まとまった預金を相続開始以前に引き出して準備されていることも一般的なことです。それらは、「現金」「手許現金」「預け金」などとして相続財産として計上します。
さて、巷では『現金出金は、足がつかない。』などと、あたかも都市伝説か神話のようにまことしやかに伝承し、語られているようです。
税務の現場で相続税調査に従事していたころのことです。
現金出金後にご自宅などで保管していた現金(所謂タンス預金)などが申告漏れになっていた理由を尋ねると、
「みんながやっているはず。私だけじゃない。」
「カードだとばれないと聞いて、毎日コツコツと出金しました。」
「預貯金を減らさないとすごい税金になるらしいと心配で。」
「亡くなった父から預金を下ろすように依頼された。」
という理由がほとんどでした。
うーん、一体どこからそんな誘いの声が聞こえてくるのでしょうか。
相続税調査とは、タワマンなどのスキームをターゲットとしたものもありますが、ほとんどが、現金や名義財産(家族名義だが実質的に亡くなった方の財産と認められるもの)の申告漏れを調査しているといっても過言ではありません。早い話、現金出金が多いだけでも、狙われてしまうということ。一体どう使われたのか、確認が必要なのです。
税務署などの調査では、タンス預金や、家族への預け金(家族名義の財産に変形している場合を含む)があることを知りながら、それを隠して相続財産に計上しないと意図的な財産隠しとされ、重加算税などの重いペナルティが課されてしまうことにもなってしまいます。
前述の神話を信じた方々はその対象になってしまったということなのです。
調査後、「私は税務調査で大変な目にあって、重加算税を支払いました」などと、吹聴して回る方はおそらくどなたもおられないでしょう。
また、悪意はなくとも、保管していたお金を相続後の葬儀費用等に充てて、結局は使い切ってしまったとしても申告は必要です。相続発生時には、現金としてお手許に保有していたわけですから、その額を相続財産として計上し、他方、葬儀費用は財産から差し引く債務・葬式費用という両建てで申告する必要があります。思い違いが無いようにしたいところです。
加えて、現金出金が多いと、亡くなられた方の財産の管理を特定の相続人が任されていた場合、相続人の間でのトラブルに発展するケースもあります。
亡くなられた方は、決して相続人同士の揉め事を望んでおられません。その思いを尊重した相続が大切ではないでしょうか。
出金については、たとえ正しい運用をしていても、他の相続人や、税務署から怪しく思われないとも限りません。
必要のない出金はしない方が賢明です。痛くもない腹を探られることになりかねないからです。出金後の使い道は、すべての領収書などは難しいとしても、できればメモなどを残しておくと、後で説明が必要になったときに役立つでしょう。
最近、悲しいことですが、詐欺や強盗の手口を見ても、現金が手近にあることで、より危険度が増しているように感じています。
都市伝説に惑わされることなく、皆様にとって最善の相続にしていただきたいと思います。私も、申告のお手伝いを通じて少しでもお力になれれば幸いと存じます。