相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
よくある相談~親子間のお金の貸し借り
ショートストーリー
電話が鳴りました。若い女性の税務職員が「ああ、またか」という顔つきで電話を聞いています。横顔をみると結構美人です。統括国税調査官(普通の会社で言えば課長さんですね)が、その姿を見て軽く微笑み、また机の上の書類に目を戻しました。
どんな電話なのでしょう。ちょっと聞き耳をたててみましょう。
「あの、税務署ですね」
「ええ、資産税担当ですが」
「あの、息子にお金を貸したのですが、どうしたらいいでしょう」
「ああ、息子さんにお金を貸されたのですね。返してもらうご予定ですか」
「ええ、必ず返してもらいます」
「それなら、別に税務署に相談していただく必要はありませんよ」
「え、でも、贈与税はかかりませんか」
「ええ、返済をうけられるのでしょう。必ず返してもらえるのでしょう?」
「そうですけど・・・」
「あなたが銀行からお金を借りるときや他人にお金を貸す時にいちいち税務署に相談されますか」
「そんなことはありませんが・・・」
「そうでしょ」
「でも、贈与税がかかるかもしれないっていう人が多いから」
「そうですか。贈与税がかかるかもしれないとお考えなのですね」
「・・・・・」
「息子さんはおいくつですか」
「29ですよ」
「失礼ですが、お勤めですか」
「ええ、サラリーマンです」
「年収は?」
「ええと、350万円くらいです」
「結婚されていますか」
「ええ、子供が二人います」
「息子さんは家を買われるのですか」
「ええ」
「おいくら」
「3,000万円のマンションです」
「おかあさんが出してあげるのはいかほどですか」
「1,000万円ですけど」
「残りは銀行借り入れですか」
「ええ」
「そうですか。それじゃ息子さんは返済が大変ですね」
「ええ、でも毎月5万円きちんと私の口座に振り込んで返してもらう予定ですけど」
「銀行への返済もあるのでしょう」
「ええ」
「息子さんの奥さんは働いていらっしゃるのですか」
「いいえ、小さな子供がいるから働きに出られません」
「そうですか・・・いま、はっきりした答えが欲しいですか」
「ええ、はっきり言ってください」
「では、はっきり言いますよ。ええとですね、はっきり言って、息子さんはお母さんから借りたお金を返す余裕はないように思えますね」
「どうしてですか」
「普通の生活をすると、ということはですね、失礼ですが、息子さんの収入や家族構成からみるとお母さんからの借入金を返す余裕はないということです」
「でも息子との契約書、『消費貸借契約書』というのですよね、それを公証人役場で作る、公正証書というのですか、あれにしてもらいますから」
「でも、返済能力がないといくら返す約束をしても返してもらえませんよ。返せないとわかっていながらお金を貸すのはあげたのも同じ、だから贈与税がかかるのではと周りの人はそれを心配しているのでしょうね」
「どうしたらいいでしょう。税金がかからない良い方法はないですか」
「そうですね。初めて家を取得される方が、ご両親やお祖父さん、お祖母さんから金銭で贈与を受ける場合は、住宅取得資金贈与の特例があります。平成32年3月までなら息子さんが購入されるマンションが省エネ住宅でしたら1,200万円まで非課税で贈与できます。普通の住宅でしたら700万円まで非課税です。どちらにしても贈与税の申告が必要です。息子さんが取得されるマンションが普通の住宅なら1,000万円を贈与すると基礎控除110万円を引いても19万円の贈与税が必要です」
「困ったわね。息子にそんなお金はないと思うわ。もったいないし・・・」
「もう一つの方法は、お母さんと共有にするやり方がありますけど」
「私が出した1,000万円で、私が息子のマンションを共同で買うということですか」
「ええ、全部で3,000万円ですから、三分の二は息子さん、三分の一をお母さんの名義にして、失礼ですけどもお母さんが亡くなったらお母さんの持分を息子さんが相続したらいいのです」
「ああ、それがいいですね。そうしようかしら」
「ところで」
そう言いながら、若くてちょっと美人の税務職員がその顔に似合わず、にやりと笑いながら言いました。
「おかあさん、どうして1,000万円も持っているのですか?」
ここがポイント
「あるとき払いの催促なし」は、税務上は贈与と認定される可能性が高いお金のやり取りです。「あるとき払いの催促なし」という話は、たまたま何かの具合で税務署にお金の動きを把握された時に出てくる言い訳なのです。
父親の口座から息子の口座へ1,000万円の振込がありました。調査官がそれを見つけて「息子さんは何に使ったのですか。ああ、ご自宅を買ったのですね」という会話から始まる話なのです。
「いえ、返してもらうつもりでした」とか「ついうっかり」という言い訳が始まるのです。ところが、お金が動いたのが10年前だと、人によっては「確かに贈与したお金です。贈与税の申告?したかな。でも関係ないですよね。時効ですから」などという人がいるのです。
そのようなことが起こる可能性があるので、あるとき払いの催促なしは贈与だと調査官は言い出すのです。
実務での注意点
税理士が相談を受けるときには、(1)借主との関係、(2)借主の収入、(3)年齢、(4)家族構成、(5)借入目的、(6)他の借入金の額などを聞き取り、返済能力を判定してアドバイスを行います。
親子間でお金を貸したいときには、思わぬ税金が課税されないように、事前にベテランの税理士にご相談ください。場合によっては、逆に合法的な相続税の節税の相談になる可能性もあります。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。