相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
他の相続人が「相続時精算課税制度」の適用を受けた贈与財産価額
今回は、相続税申告に必要となる相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産の価額を、他の相続人が教えてくれないときに、どうやって調べるのかという話です。相続時精算課税制度がどのようなものかわからないと話が進みませんので、まずは相続時精算課税制度についてから説明していきます。
相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度とは、父母又は祖父母から子や孫に対し、財産を贈与した場合において贈与税の申告書を提出する際に選択することができる贈与税の制度です。
この制度を選択すると、その選択に係る贈与者から贈与を受ける財産については、その選択をした年分以降全てこの制度が適用され、暦年課税制度(贈与を受けた年の1月1日から12月31日までに贈与を受けた総額から基礎控除額の110万円を差し引いて税額を計算する制度)へ変更することはできず、この制度の贈与者である父母又は祖父母が亡くなった時は相続税の計算上、相続財産の価額にこの制度を適用した贈与財産の価額(贈与時の時価、以下について同じです。)を加算して相続税額を計算するという贈与税・相続税を通じた課税(精算、贈与時に納付した金額は相続税から控除し、控除しきれない税額は還付される。)が行われることになります。
このため、相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産の価額を相続税の計算に含めるときは、この制度の適用を受けた贈与財産の価額がわからないと適正な相続税の税額を算出することができないのです。相続人間の仲が良好でなく、贈与を受けたことを隠している、又は金額等をごまかしている、過去の贈与税申告書の控えを提示してくれないなどの理由により相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産の価額を確認することができなければ、正しい相続税の申告をすることができません。
このような事態を避けるため、相続税法では、他の相続人の相続時精算課税制度を適用した贈与財産の価額が分からない場合に、相続税申告に必要となる過去の贈与税の申告内容を税務署へ照会することをできるようにしています。以下その照会方法である「贈与税の申告内容の開示請求」について説明していきます。
「贈与税の申告内容の開示請求」制度
1.概要
相続または遺贈(相続時精算課税制度の適用を受ける財産に係る贈与を含む)により財産を取得した人は、被相続人に係る相続税の申告書の提出または更正の請求に必要となるときに限り、他の相続人等がその被相続人から相続開始前3年以内に取得した財産(暦年課税に係る贈与)、または他の相続人等がその被相続人から取得した相続時精算課税制度の適用を受けた財産に係る贈与税の申告書に記載された贈与税の課税価格の合計額について、開示の請求をすることができます。このほか、相続による国税の納税義務を承継した人や、相続時精算課税制度の適用に伴う権利義務を承継した人についても開示請求ができます。
2.手続き
(1)開示請求書の提出
開示請求は、被相続人が死亡した年の3月16日以後に「相続税法第49条第1項の規定に基づく開示請求書」(参考、以下「開示請求書」といいます。)を使用して行い、開示請求書には、下記の書類を添付しなければなりません。提出先は被相続人住所地を管轄する税務署です。
①全部分割の場合:遺産分割協議書の写し
②遺言書がある場合:開示請求者および開示対象者に関する遺言書の写し
③上記以外の場合:開示請求者および開示対象者に係る戸籍の謄(抄)本
(2)開示書の受取
開示請求書の回答となる「開示書」の受取は、税務署で受け取る方法と請求者の自宅に郵送してもらう方法が選べます
①税務署で受け取る場合には、請求者又は代理人が本人確認書類(免許証等)を持参しなければなりません。
②郵送で受け取る場合には、税務署は請求者の住所地への送付しかできないことから、請求者の住所地を確認するための住民票と切手を貼付した返信用封筒を開示請求書に添付しなければなりません。
3.開示書
開示書に記載される贈与税の課税価格の合計額は、次に掲げる金額になっています。
(1)被相続人に係る相続の開始前3年以内にその被相続人から贈与により取得した財産の価額の合計額(各年分ごとの合計額ではない)
(2)被相続人から贈与により取得した財産で、相続時精算課税制度の適用を受けたものの合計額(各年分ごとの合計額ではない)
ここがポイント
1.贈与税の申告内容の開示請求の制度は、請求者以外の相続人等が被相続人から受けた相続時精算課税制度適用分の贈与及び相続開始前3年以内の贈与に係る贈与税の課税価格の合計額を確認するためのものです。
そのため、請求者は自身の贈与時期や贈与財産を確認することはできません。請求者が自身の申告書に記載された贈与時期や贈与財産を確認するためには、申告書等閲覧サービス、或いは個人情報開示請求という手続きをすることになります。平成15年以降又は請求者の年齢が20歳以降の年分についてこれらの手続きをすれば漏れなく確認することができます。
2.贈与税の申告内容の開示請求があった場合には、税務署長は請求後2ヶ月以内に開示しなければならないことになっていますので、開示書を受け取るまで2ヶ月と想定して相続開始後10ヶ月の相続税の申告期限に間に合うよう申請する必要があります。
3.相続時精算課税制度適用者が亡くなっていて、その相続人が2名以上いるときは、連名で開示請求書を提出しなければなりません。
4.被相続人からの贈与について相続時精算課税制度を適用した人は、相続税を申告することになりますから、開示対象者には、申請者以外の法定相続人のほか、被相続人からの贈与について相続時精算課税制度を適用できた人(孫など)も記載することができるように定められています。
5.開示書には、相続時精算課税制度の適用を受けたものの合計額は記載されていますが、贈与時期や贈与財産についての記載はありません。請求者の相続税額を計算するための最小限の情報となります。
6.税務署が開示する贈与税の課税価格の合計額は贈与税の申告に基づき記載されるものですから、相続開始前3年以内の暦年贈与で税務署に申告していない非課税(110万円以内)の贈与についても、相続財産に加算しなければなりません。
アドバイス
贈与税の申告内容の開示請求は、相続税の申告書を作成するために絶対に必要なものではなく、相続人間の関係が良好で各相続人が贈与税の申告書を保管していれば不要なもので、相続が争族となった場合の緊急的な制度なのです。
なぜならば、上記■ここがポイント5.で記載したとおり、請求者の相続税額を計算するための最小限の情報しか記載されておらず、請求者が自身の贈与税の記録を保管できているという状況で、請求者の税額しか正確に計算することができないからです。
他の相続人各人の年分ごとの贈与価額、税額が記載されていないため、各人の相続税及び控除できる贈与税がわからず相続税の申告を誤りなく完成させることはできません。ベテランの税理士であれば、状況等をヒアリングして適正な相続税の申告を作成することも可能な場合もありますが、知識の少ない方にはおすすめしません。
できれば、相続人等各人(代理人)が税務署で自身の贈与税申告書を申告書等閲覧サービス、或いは個人情報開示請求により確認して、お互いに共有した方が良いでしょう。
その方が、申告書に記載された贈与時期、贈与財産及び贈与税額を把握することができるため、確認した内容に誤りがあれば誤りを是正した金額を相続税の計算に反映させた適正な相続税の申告をすることができます。
転ばぬ先の杖、ぜひ、相続税対策にはベテラン税理士を見つけて早めに相談なさることをお勧めします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。