相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
相続税の障害者控除、申告義務のない前回相続に係る控除対象額を控除すべきか
相続税には、相続人が85歳未満の障害者であるときは、85歳に達するまでの年数1年につき一定の金額が障害者控除として、相続税額から差し引かれる措置があります。
このため、障害者控除を適用すると相続税額が生じない場合には、相続税の申告書を提出する義務がありません。
これらのことが、次回相続にあたっての宿題となってしまうことがありますので、相続税の申告書を提出する義務がないとしても、相続税の申告書を作成しておいた方が良いですよという説明をしていきます。
以下のような例が考えられます。
例
A(50歳)は、平成30年に死亡(以下、一次相続といいます。)したところ、Aの法定相続人は、夫のB(47歳)及び長男のC(17歳、障害者)であった。
Cは、Aの遺した財産(6,000万円)をすべて取得、身体障害者1 級に該当し、障害者控除を適用すると相続税額は生じなかったことから(適用前の相続税額あり)、相続税の申告書を提出しなかった。
その後、令和3 年にBが死亡(以下、二次相続といいます。)し、相続人であるC(20歳)がBの財産の総額を確認したところ、Bの遺した財産は2億円であり相続税の基礎控除額(3600万円)を超えることから、相続税の障害者控除の額を計算したい。
1 相続税の障害者控除の適用要件
障害者控除が受けられる人と障害者控除の額は以下のとおりです。
⑴ 障害者控除が受けられる人
障害者控除が受けられるのは次のすべてに当てはまる人です。
① 相続や遺贈で財産を取得したときに日本国内に住所があること(一時居住者で、かつ、被相続人が外国人被相続人又は非居住被相続人である場合を除きます。)
「一時居住者」、「外国人被相続人」及び「非居住被相続人」については、説明が長くなるので今回は省略します。
② 相続や遺贈で財産を取得したときに障害者であること。
③ 相続や遺贈で財産を取得した人が法定相続人(相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合における相続人)であること。
⑵ 障害者控除の額
障害者控除の額は、その障害者が満85歳になるまでの年数1年(年数の計算に当たり、1年未満の期間があるときは切り上げて1年として計算します。)につき10万円で計算した額です。この場合、特別障害者の場合は1年につき20万円となります。
また、障害者控除額が、その障害者本人の相続税額より大きいため控除額の全額が引き切れないことがあります。
この場合は、その引き切れない部分の金額をその障害者の扶養義務者(注)の相続税額から差し引きます。
(注) 扶養義務者とは、配偶者、直系血族及び兄弟姉妹のほか、3親等内の親族のうち一定の者をいいます。
なお、その障害者が今回の相続以前の相続において障害者控除を受けているときは、過去に受けた障害者控除額は控除することができません。
2 次回相続にあたっての宿題
要件最後に記載した「障害者が今回の相続以前の相続において障害者控除を受けているときは、過去に受けた障害者控除額は控除することができません。」というのが、今回のポイントです。
なぜ今回のポイントとなるのかというと、障害者控除を受けているときとは、障害者控除によって相続税額が発生しないことから相続税の申告書を提出していない場合であっても障害者控除を受けているときに該当するか否かという問題が発生するからです。
先に答えを示しますと、障害者控除によって相続税額が発生しないことから相続税の申告書を提出していない場合であっても障害者控除を受けているときに該当するということになります。
理由は、以下3に記載するように、障害者控除を適用した後に相続税額がない場合において(その他に申告を要件とする特例等の適用がない限り)相続税の申告義務は生じないが、その控除の適用に当たり相続税の申告が要件とされていないことからすると、その申告がないことをもって、その相続における障害者控除の適用が否定されることにはならないとされているからです。
なぜ、次回相続にあたっての宿題としているのか、もうお判りになることでしょう。相続税の申告書を税務署へ提出していれば、若しくは提出していなくても相続税の税額を計算していれば次回相続の障害者控除の計算は容易となりますが、そうでない場合には前回の相続税を計算してから今回の相続税の計算をすることになり手間が2倍、過去のことを調べる手間を考えればそれ以上となり相当の負担となります。
3 法の定め
上記理由となる法の定めは以下のとおりです。
相続税法第19条の4(障害者控除)第3 項が準用する同19条の3(未成年者控除)第3項は、「第1項の規定に該当する者が・・・・既に前2項の規定による控除を受けたことがある者である場合においては、・・・・これらの規定による控除を受けることができる金額は、既に控除を受けた金額の合計額が第1項の規定による控除を受けることができる金額に満たなかった場合におけるその満たなかった部分の金額の範囲内に限る。」 と規定し、障害者控除額の算出上、その者が過去の相続で同控除を受けた金額は控除することとされています。
そして、障害者控除を適用した後の相続税額が生じない場合(適用前の相続税額あり)において、同控除の適用に係る申告手続の要否を確認すると、相続税法第27条(相続税の申告書)第1項では、「・・・・相続税法第19条の4(障害者控除)・・・・の規定による相続税額があるときは、・・・・申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない」と規定しているところ、相続税法第19条4(障害者控除)の第1項では、「・・・・前条までの規定により算出した金額(相続税額)から・・・・算出した金額(障害者控除額)を控除した金額をもって、その納付すべき相続税額とする。」と規定しているほか、同条には、障害者控除の適用を申告要件とする旨の規定はありません。
すなわち、障害者控除を適用した後の相続税額がない場合においては、(その他に申告を要件とする特例等の適用がない限り)相続税の申告義務は生じず、その控除の適用に当たり相続税の申告が要件とされていないことからすると、その申告がないことをもって、その相続における障害者控除の適用が否定されることにはならないということです。
したがって、1次相続に係る相続税の申告がなかったとしても、同相続における障害者控除の適用がなかったことにはなりませんから、2次相続に係る障害者控除額の算出上、1次相続に係る障害者控除の対象額を控除する必要があることになります。
4 まとめ
文頭の例の二次相続の障害者控除の額を計算すると以下のとおりとなります。
まず、一次相続が無いとした場合の二次相続の障害者控除の額を計算します。
(85歳―20歳)×20万円=1,300万円・・・・・①
次に、一次相続で適用した障害者控除の額を計算します。
(85歳―17歳)×20万円=1,360万円のうち、障害者控除を適用する前の相続税額と同額の180万円・・・・・②
最後に、一次相続が無いとした場合の二次相続の障害者控除①から一次相続で適用した障害者控除②を控除すると③二次相続の障害者控除の額1,120万円となります。
①1,300万円 - ②180万円 = ③1,120万円
実際には、例のように一次相続の遺産が6000万円で、障害者控除を適用する前の相続税額180万円などとすぐに分かるものではありません。不動産があれば一次相続当時の路線価を調べて評価し、その他預金の通帳や保険の通知を基に通常の相続税の計算をしなければ算出されません。
インターネットの情報を頼りに、相続税の障害者控除は申告しなくても適用されるからということで、相続税額≦障害者控除の額となることだけを確認して相続税の計算を終わらせて相続税の申告をしないのではなく、しっかりと障害者控除額を確定させて相続税の申告の必要はないが申告してその控を保存しておくか、その計算過程を保存しておく必要があります。
将来に宿題を残すか、その都度やっておくのが良いのか、なかなか判断の難しいところでもあります。経験豊富なベテランの税理士が対応しないと誤ることも多々あると思われますので転ばぬ先の杖、ぜひ、相続税対策には経験豊富なベテラン税理士を見つけて早めに相談なさることをお勧めします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。