相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
特例適用の損得~なぜ、手慣れた税理士は住宅取得資金贈与の特例に消極的なのか
ショートストーリー
試験に受かったばかりの税理士さんは、特例が好きです。なんとか素人受けする提案をしてあげたいと考え、特例を駆使するのです。
「顧問先の社長の息子が家を買うというので住宅取得資金贈与の特例を勧めてきました。結構喜ばれましたよ」と報告する若葉マークの税理士に、老練な税理士は、首を傾げてなにか言っています。ちょっと耳を傾けてみましょう。
「なぜ、あんな手続きの面倒な、これといって取り柄のない特例を推奨するのかな」
「なぜって、たとえば、年収600万円の30代後半のサラリーマンが4,000万円の家を買うのに親から資金援助して欲しいからです。住宅取得資金の贈与の特例を使えば基礎控除の110万円を足して合計810万円まで贈与税を0円にすることができるからです。1,000万円援助を受けても19万円贈与税を払えばいいのですから、当然じゃないですか」
「でもね、申告するのに戸籍謄本やら登記事項証明書だとか色々書類を揃えなくてはならないね」
「単に、20歳以上の子どもでも親から810万円贈与を受けたら120万円も贈与税を支払うのですよ。それが税負担は0円になるのですし、1,000万円贈与を受けても19万円ですむのですから、その程度の手間は当然ですよ」
「でもね、わざわざいま贈与を受けなくてもよいのではないですか」
「子供は、家が欲しいのに、いままでの生活水準を維持しようとすると4,000万円も住宅ローンを組めないから仕方ないじゃないですか」
「でもね、親子で共有にする方法があるでしょう。3,000万円のローンを組む息子は3,000万円を負担していることになる、親は、1,000万円負担する。三対一で購入資金を負担するのだから、購入した土地建物を共有にしたらよいのではないかな」
「共有ですか」
「そう、4,000万円のうち1,000万円を負担した親は、4分の1、3,000万円負担した子供は、4分の3の持分で共有登記したらよいのではありませんか」
「なるほど、土地建物を先生がおっしゃったとおりにする方法がありますね。うむ、もっと考えれば、建物は時の経過とともに価値が減っていくから、持分は、親の持分を多めにする。たとえば、家が2,000万円、土地が2,000万円なら家の2分の1を親の名義にして、価値が下がりにくい土地の持分は、すべて子供名義にするという手がありますね。でも、先生、贈与税の申告書を作らないと報酬を請求できないのではありませんか」
いわれて、老練な税理士はただ静かに笑っています。
ここがポイント
住宅取得資金の贈与の特例を使うなら、購入する不動産をできればすべて親の名義に、それが上手くいかない時でも、少なくとも共有にするべきです。
「娘婿が家を買うから娘に贈与してやりたい。私が全額負担して私名義の家に住まわせてもいいのだが、婿はわたしと共有でも嫌がるだろうから無理だな」という事情があれば別ですが、それ以外はショートストーリーのようにあなたが出すお金で家の大部分を購入し、息子さんやお嬢さんはローンを組むお金で土地の大部分を取得するのが賢明です。ただし、いわゆる住宅ローン控除は、ローンを組む人が家屋を取得しないと受けられないので、同控除を受けようと思えば、息子さんが建物の一部を取得することが必要です。
もっとも、贈与するあなたが富裕層といわれる方ならば、娘や息子の住む家は、あなたが全額負担してすべてあなた名義にするか、少なくとも家屋はすべてあなた名義にすること必須です。なぜなら、配偶者も同居の法定相続人もいない時は、あなたが亡くなった時にあなたが住んでいた自宅の敷地について80%減額特例(小規模宅地等の課税価格の特例)を適用することができるのは、自宅を所有していない相続人に限定されるからです。
実務アドバイス
1.世の中には二種類の家族がいる
相続贈与の実務経験豊かな税理士は、世の中には二種類の家族がいるといいます。子供が親に仕送りをする家族と、親が子供の家を建ててあげる家族です。
年金制度の発達もあり、親に仕送りをする子供はずいぶん減ってしまいましたが、子供に家を建ててあげる親は、今でも健在です。このような親は、たいてい自分も家を建てるときに親から援助を受けている人たちです。子供たちに持ち家を持たせることが彼もしくは彼女の人生スケジュールに組み込まれている裕福な一族です。
2.なぜ、税務署は家族構成に注目するのか
税務署は、相続税の調査を行うときに家族構成を聞き取ります。被相続人の子供たちの年齢が30代から40代ならば、持ち家か借家かを調べます。持ち家なら購入資金の出所を尋ねます。結構な確率で、購入資金を被相続人が負担しているケースに遭遇するようです。贈与税の申告をしているケースは稀です。家を建てるときに親だけでなく一族郎党から数十万、数百万円の御祝い金を受け取る風習がある地域もあり、子供の建築資金の援助について贈与税の申告が行われないことが少なくないのです。
相続税の申告を依頼する税理士を選ぶポイントがここにもあります。相続人に対する過去3年分の贈与をチェックすることだけでなく、相続人の家の取得資金も聞き取りをしてくれる税理士が頼りになります。
主な添付書類
1.省エネ住宅等以外の場合
①受贈者の戸籍の謄本その他の書類で当該特定受贈者の氏名、生年月日及び当該住宅取得等資金の贈与をした者が当該特定受贈者の直系尊属に該当することを証するもの
②新築または取得した家屋の登記事項証明書などで受贈者が控除の対象となった居住用不動産を取得したことを証する書類
③贈与の年の所得金額を明らかにする書類(給与などの源泉徴収票等)
※所得税の確定申告を行う人は不要
2.省エネ住宅に該当する場合
①耐震基準適合証明書(築年数基準を超えた建物)
②住宅性能証明書
③建設住宅性能評価書(築年数基準を超えた建物)+(良質な住宅用家屋)
④保険加入証明書等(築年数基準を超えた建物)
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。