相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
入籍していない女性~ケースによる違い:贈与・遺言・婚姻届
入籍していない女性
20歳年下の女性Xと暮らしていた高齢の紳士Aさんが亡くなりました。相続人は、息子Bが 1 人だけでした。Aさんの配偶者は、息子Bが20歳のころに亡くなっていました。
残された女性Xとは十数年以上も前に同居を始めており、息子Bは特に反対はしなかったのですが、入籍することはありませんでした。Aさんは、亡くなる数年前から身体が不自由になり、同居していたXがかいがいしく身の回りの世話をやいてくれておりました。
Bは、海外勤務が長かったのでその女性に深く感謝し、相続財産の一部を分け与えたいと考えました。
ところが、内縁の妻には相続権がなく、Aは、遺言書や死因贈与契約書を残さなかったのでその女性に父の財産を分け与えても相続税の対象として扱うことはできませんでした。相続税は息子1 人に対して課税されました。
遺産10億円に対し約4億6千万円の相続税が算出されます。これを相続税の総額といいます。相続人は長男B一人なので、相続税の総額をすべて長男Bが負担します。
Bは、相続税を支払った後の財産約5億4千万円のうちから3億円をその女性Xに分けることにしました。遺産を分けるのですが、法律上は、長男Bが自分の財産をあげたことになります。
「父が長い問お世話になりました」といって贈与するのですが、税法上は、通常の贈与と異なりません。Bからの贈与です。贈与税は、1億6千万円ほどです。
相続税と贈与税の合計は、なんと6億2千万円ほどです。
Bの手元に約2億4千万円がXの手元に約1億4千万円が残ります。
税理士からのアドバイス
税法は時として台風のような猛威を振るいます。今回の事例では、最終的な配分は国が約6億2千万円、長男Bが約2億4千万円、Xが約1億4千万円です。なんともため息がでる感じです。Aさんは内縁の妻に対する配慮が少し足りなかったかもしれません。
1.遺言があれば税負担は1億円少なくなる
3億円を女性にあげるという遺言でもあれば、女性は、相続税の甲告を長男と一緒にすることになります。息子が7億円を相続し、女性が3億円を遺贈により取得するということになるのです。
個人が相続または遺贈により財産を取得すると相続税が課税されます。女性が支払う相続税は、1億7千万円ほどです。7億を相続した長男が支払う相続税は3億2千万円ほどです。合計すると相続税は4億9千万円ほどになり、息子がいったん全部相続してから3億円贈与する よりも1億3千万円ほど少なくなります。
遺言が一通あるだけで約1億3千万円も税金が少なくなります。Aさんがベテランの税理士に少し相談する時間があったらと思います。
2.婚姻届を出していれば、さらに2億円ほど税金が少ない
相続税の問題だけで婚姻届を出す人はいませんが、婚姻届が出ていればどうでしょう。
婚姻届が出ていれば、女性は法律上の配偶者となります。相続人は配偶者と長男の2名になり、法定相続人を1人として計算するよりも基礎控除額が増え、累進税率も緩和されます。
Xが相続する3億円に対する相続税は1億2千万円ほどですが、相続する3億円は法定相続分5億円よりも少ないので、「配偶者の税額軽減」と呼ばれる「税額控除」が1億2千万円あり、これを引くことにより納税すべき税額は0円になります。
長男だけが相続税2億8千万円ほどを納付すれば完結することになります。
法定相続人以外でも相続税がかかる場合がある
相続税法は、納税義務者を「相続又は遺贈により財産を取得した個人」と定義しています。遺贈とは、遺言による贈与を指します。
相続税法には、「贈与者の死亡に因り効果を生ずる贈与を含む」とされていますので、いわゆる「私が目をつぶったら家をあげますよ」というような贈与者の死亡を条件とした贈与(死因贈与)契約を含みます。
このように、法定相続人以外の者でも、死因贈与や遺言により財産を取得した者は、相続税の納税義務者になります。加えて、死亡保険金や死亡退職金の受取人もまた相続又は遺贈により財産を取得した者とみなされています。
かくのごとく、相続税の納税義務者となる可能性のある者は、法定相続人に限定されません。相続権のない内縁の妻も登場しますし、被相続人と生前特別な関係にあった人や非嫡出子も登場します。
配偶者および一親等の血族以外の相続税は2割加算されます。非嫡出子は一親等の血族ですから相続税は通常の計算になりますが、内縁の妻や生前特別な関係にあった人に遺言で財産を残した場合には、相続税は2割増になります。2割増でも、多くの場合、 贈与税よりも負担は少なくすみます。
経営者と話をしていると、唐突に、
「実は20年ほど付き合っている人がいるが子どもたちや親せきに反対されて籍をいれることができない。私と付き合っていたがために婚期も逃がしてしまった。このままある日突然私が他界してしまったらどうなるのか考えてしまう。この会社がここまできたのも苦しいときに支えてくれた彼女のお陰だ。いまのうちに何とか上手に老後の生活を支える方法を手当てしておきたいのだが」
というような相談があります。
人的な関係に関するアドバイスはケースバイケースです。なかなか一般的なお答えを用意するのは難しいものがあります。唯一有効な助言は、「備えあれば憂いなし」ということに尽きます。
後顧の憂いがないように、元気で体力のあるうちに遺言を作ることをお勧めします。その時にはぜひベテランの税理士のアドバイスも活用してください。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。