相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
LESSON『空き家特例』
今回は、直接相続税のお話ではないのですが、「相続した物件」というつながりで「相続した空き家を売却した場合の特例」(租税特別措置法第35条第3項)いわゆる『空き家特例』の回としたいと思います。
『空き家特例』と検索するとたいていは次のような条件が羅列されています。
【被相続人の居住用家屋】
①相続の開始の直前において、被相続人の居住の用に供されていた家屋であること。
②昭和56年(1981年)5月31日以前に建築された家屋(区分所有建築物を除く)であること。
③被相続人がいわゆる1人暮らしだったこと。(老人ホーム等に入居の場合は、その入居直前で判断)
【特例を受けるための要件】
④売った人が相続又は遺贈により、被相続人居住用家屋及びその敷地を取得したこと。
⑤家屋を全部取り壊して更地にして敷地を売却すること。(もう一つ、耐震基準を満たす建物の場合は、取り壊さずに土地建物を売却する場合も認められていますが、耐震工事されているケースは少なく、こちらの適用例は稀なケースと言えるでしょう。)
㊟令和6年1月1日から令和9年12月31日の譲渡について一部改正され、譲渡後の翌年の2月15日までの取り壊しや耐震工事も認められるようになりました。
⑥相続開始があった日から3年を経過する年末までに売却すること。
⑦売却代金が1億円以下であること。
これらの一定の要件を満たしていれば、譲渡所得の金額から最高3,000万円まで控除することができます。
㊟令和6年1月1日から令和9年12月31日の譲渡について一部改正されて、譲渡する相続人が3人以上の場合は、特別控除の上限が2,000万円とされました。
ただ、この特例、結構なくせ者なのです。いきなり税務署にいっても特例の申告ができなかったり。実は、放置されている空き家に困って国土交通省の主導で作成された特例であることから、そのための準備が必要です。
Step1 被相続人の取得費(購入したときの価格)がわかるものはないかを探す。
譲渡所得=売った金額-取得費-譲渡経費-特別控除 で計算します。
特別控除(この場合は空き家特例の3,000万円)を使わなくても利益が出ない、つまり赤字の場合はそもそも申告の必要はありません。(Step2以降も当然不要です。)
取得費を「相続したときの価格」(相続税の申告書に記載されている金額や、固定資産税の評価額)と思われる方もおられるのですが、相続の場合は亡くなられた方が取得した時の金額をいいます。先祖代々の土地であればそのご先祖様が最初に取得した金額です。この場合は、購入価格を調べるのは不可能ですし安価なはずですから取得価額を調べるのはあきらめてください。また、契約書があっても建物については減価償却する必要がありますから、昭和56年(1981年)といえば40年も昔のことなので、建築されたものの原価はあまり期待できないかもしれませんが、意外と土地値が高いこともあります。
何も無ければ取得費は売った金額のたった5パーセントで計算することになってしまいます。
※ とは言っても、売った金額が(例)3,100万円であれば取得費がたとえ5%しか使えなくても、特例さえ適用できれば、控除額で譲渡所得は0になります。そんな場合は神経質にならなくとも大丈夫。申告手続きをしっかりすれば安心です。 計算例 3,100万円-155万円(5%相当)-2,945万円(特別控除)=0
売却価額が、高額な場合ほど取得費は重要です。家屋も取り壊してしまって書類が全く残っていなくて後の祭りというようなことになりませんように。
当然のことですが、耐震工事を行ってから売却をする場合には、工事費用は建物取得費になりますし、他方、更地売却の場合は、建物取り壊し費用は譲渡経費に含まれます。
Step2 市役所に行く(問い合わせや、ホームページで確認しておくと効率的)
実は、いろいろな条件に適合しているかどうかは、売った資産の所在地を管轄する市区町村から『被相続人居住用家屋等確認書』という書類を発行してもらわなくてはなりません。それを税務署に提出する必要があるのです。一人暮らしだったことや売却まで空き家だったかとか、老人ホームの入居の場合の状況などを確認して発行されます。
亡き人の生活状況の確認ですから、添付する書類が多岐に渡る(驚くほどたくさんの資料なのです)だけで無く、各人ごとに微妙に異なりますし、市区町村により窓口や担当課も違います。市役所通いが必要な場合も。Step1と同様、資料を誤って処分する前に対応したいものです。そのうえ当日に発行されるわけではないので、早めに取り組む必要があります。もちろん、確定申告の時期までには入手しておきましょう。申告時期の前は市役所窓口も混み合うそうです。
Lesson1 「こんなはずでは」という落とし穴 ~気になるあれこれのバリエーション~
〇国土交通省の「空き家の発生を抑制するための特例措置について」というパンフレットより
土地の売買契約の中で、「土地の引き渡し後建物を取り壊す」という特約を交わしていましたが、この場合本特例の適用をうけることはできますか?
→家屋を取り壊した後の譲渡にあたらないため、本特例の適用はできません。
point:令和5年12月31日までの譲渡の場合は、必ず、譲渡前に自ら取り壊してください。
朗報です!!
(関連コラム2023年7月号)
「空き家特例」は、このコラム執筆時には、適用期限が令和5年12月31日までとされていましたが、令和5年度税制改正により、拡充し延長されました。
令和6年1月1日から令和9年12月31日まで4年間の延長。
改正点
① 令和6年1月1日以降の譲渡の場合は、買主が、譲渡後から翌年の2月15日までに、耐震工事や取り壊しをしても特例が認められるようになりました。
(契約書上でその旨の取り決めを行い、確実に履行することが要件)
② 空き家の相続人が3人以上で売却する場合は、特別控除額の上限が2,000万円とされました。
老人ホーム等の施設ではなく、介護のため子の家に移り、そこで亡くなった場合はこの特例を受けることはできますか?
→親族の家や一般の賃貸住宅に転居して亡くなった場合は、この特例を受けることはできません。
point:シビアな取り扱いですよね。親族の家等に転居後、老人ホームに入居しても入居直前の状態で判断しますのでやはり、特例の適用はできないことになりますので注意。
〇確定申告用「相続した空き家を売却した場合の特例 チェックシート」より
家屋のみ又は家屋の敷地のみを相続により取得した場合には特例の適用は受けられません。
point:土地は相続人数名で分割して登記したのに、家屋は、価値も低い、すぐに取り壊す、手数料がかかるなどの理由から、代表者のみの単独登記にしてしまうことなどないように注意が必要です。代表者だけしか適用できなくなります。
老人ホームに入居していた等の特定事由がある場合は、居住しなくなる直前において亡くなった方以外の方が居住していないことが必要です。
point:例えば、ご主人の持ち家にご夫婦で居住。まず、ご主人だけが老人ホームへ入居。そのあと、奥様がご主人より先に亡くなってしまい空き家となったとします。ご主人がその後亡くなられても、ご主人が老人ホームに入居した直前は、同居の奥様がおられたことになりますので、一人暮らしに該当せずこの特例の適用は受けられないのです。
区分所有建物である旨の登記がされている二世帯住宅やマンションは、特例の適用を受けることはできません。
point:区分所有建物といえばマンションだけと思いがちですが、昔ながらの木造の棟割長屋、最近ではテラスハウス(複数の建物が連続してつながっている住宅)も区分建物として登記できます。2軒長屋を合わせて1人の居住用として使用している場合などでも登記で判断されてしまいます。
売却価格は1億円以下ですか?
※その家屋及び敷地について他に相続し売却している方がいる場合や、複数年にわたって売却する場合は、それらの売却金額を合算します。
point:相続人2人で1/2ずつ相続して、1億5千万円で売却した場合、持分で計算すると各人は1億円以下になりますが、合算した1億5千万円で判定しますので、この特例の適用はできません。また、その土地を1億円以下になるよう分筆して複数回で売却する場合でも、最初の売却から3年を経過する年末までに売却された売却代金を合算して1億円を超えるかどうかを判断する規定になっています。なお、相続開始以前から共有で所有されている物件を売却する場合などの判断は更に複雑ですので専門家にご相談されることをお勧めします。
Lesson2 遺言で取得したとき
冒頭で【特例を受けるための要件】として「④売った人が相続又は遺贈により、被相続人居住用家屋及びその敷地を取得したこと。」とありますが、法律では、次のように規定されています。
租税特別措置法第35条第3項
相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。)による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人(包括受遺者を含む。)が…以下略
原則として、相続人しか認められていないのです。
この条文の「遺贈」とあるのは、相続人が遺言でもらう場合もあるからです。何が言いたいかというと、相続人ではない人が、*¹特定受遺者として遺言に従って遺贈を受けたとしても、空き家特例は適用できないということです。
例えば、「お世話になったから、私が死んだらこのお家をもらってね。」と遺言された隣に住む長男のお嫁さん(養子にもなっていない)は、その物件を特定遺贈されたわけですが、相続人ではないので空き家特例は使えません。
ただし、相続人の後ろに続くかっこ書きの中の*²「包括受遺者」は例外で他の条件が整っていれば特例の適用を受けることができます。民法上においても、ほぼ相続人と同様の規定となっているからだと思われます。
*¹特定受遺者…特定遺贈を受けた者。特定遺贈とは遺産のうち「特定の財産を示して与える」遺贈です。「長男に土地を全部」とか、「妻に〇〇銀行の預金の7/10」など具体的に指定します。
*²包括受遺者…包括遺贈を受けた者。特定の財産を指定せず、相続財産の全部又は、一定の割合を遺贈された受遺者です。包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を与えられます。相続人と同じ権利義務なので、他の相続人と同様に、遺産分割協議に参加して具体的な遺産の分け方を話し合います。遺産の中に借入金などの債務がある場合は、債務も指定された割合で遺贈されたことになり、相続人と同じ立場となります。