相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
画商の特技~遺産に高価な書画骨董がある場合
きれいな秘書がお茶を運んできました。社長室の壁に掛けてある大きな絵画を指差しながら社長に話しかけているのはどうやら出入りの美術商のようです。ちょっと聞き耳を立ててみましょう。
「社長、この絵はいいですね。フモール作ですね。失礼ですがいくらでお求めになりました」
「3年前に、1,000万円で買ったんだよ」
「ほー、お目が高い。いまじゃ3,000万はくだりませんよ」
「そうかね。3,000万か!」
「ええ、この現代の混乱をつきとおすように描いた抽象性が見事。惜しげもなく使う原色、これが人気の秘密ですね」
「そうかね。わたしは、なにげなく気に入って手に入れたんだがね」
「やはり、お目が高い。将来の経済を見通す経営者の感覚がなにげなくこの絵を選ばせたんでしょうね」
「いや、それほどでもないがね」
「ところで社長、今日ぜひともこ覧いただきたいものを持参しておりますが」
「ほー、どんな絵だい」
「これです、イロニーの作でございます」
「おお、なかなかいいな。ポピュリズムをおちょくるような気概と石段を思わず踏み外しそうになる不安を感じさせる不思議な画風だね」
「そうでしょう、この気品豊かな林檎の朽ちる姿!」
「うむ」
「どうでしょう。4,000万と言いたいところですが、3,800万に値引きいたしましょう」
「ふむ」
「いかがですか」
「うむ」
「資金繰りですか」
「うむ」
「では、こういたしませんか。フモールの絵を2,300万で下取りいたしましょう。失礼ですが、なんといってもイロニーの方がフモールよりも格が上ですから、社長室が一段と引き立ちますよ」
「ふむ」
「差引1,500万円でいかがですか」
「うむ」
「ああ、税金ですか。簡単ですよ。私のところの帳簿では、ちょっと不自然ですが、フモールの絵を1,000万円で下取りしたことにして、イロニーの絵の売値を2,500万円ということに致しましょう」
「私のフモールの絵の値上がり益はなくなるということだな」
「実際は、1,300万円の利益ですけどね」
「両方とも価格を下げるから私は絵を売った税金がかからなくなるというわけだ」
「ええ」
「いいアイデアだな」
「そうでしょう」
「ところで、君の帳簿がどんなに不自然になるのかね」
「私のとこのイロニーの仕入れ値、ここだけの話ですよ、2,500万円なんです」
「なんだ、さっき君はイロニーの絵を2,500万円で売ることにすると言ってなかったか」
「そうですよ」
「それじゃ、君の儲けがなくなるじゃないか」
「ええ、そうなんですけどね。またフモールの絵で儲けますから」
「ふむ」
「いかが?」
「ふむ」
「いかが?」
「うむ、うむ」
ここがポイント
1.書画骨董は個別原価で管理している
画商は儲かっていないのでしょうか。帳面を見ないとわかりませんね。美術品は、個性の強い品物です。ビールのように納品した物が傷んでいたから同種同品質のものを代わりに持っていきますというようなことができません。Aという絵画が傷んでも代わりのものはありません。品物を取り扱っている業者は、個別に帳面をつけて管理します。個別原価法です。イロニーの仕入れ値が本当に2,500万円かどうかは、画商の帳簿を見れば分かります。もし、2,500万円以下なら差額が画商の利益ですね。
2.取得先・時期・価額の記録が大切
書画骨董は、価格を形成するために意図的に売り買いを繰り返すこともあるそうです。売買実例だけでは市場価額は把握しにくいものです。書画骨董は、所得税では「通常生活に必要でない動産」と呼ばれます。通常生活に必要でない動産を売ったときに生じた値下がり損失は、他の所得から引くことはできませんが、総合議渡所得の範囲内では差し引くことができます。
あなたが目をつぶった後に、相続人が相続税を支払うためや何かの資金を捻出するために遺産を売ることがあるでしょう。書画骨董の取得年月日や取得価額をしっかり記録しておくと相続人はとても助かります。記緑して残しておくことが、将来の確実な節税策なのです。
3.相続税の評価
財産評価基本通達は、書画骨董は売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価することとしています。書画骨董を所有している人は、購入先の業者や、購入価格、購入時期を家族にもはっきり分かるようにしておくことが必要です。相続後は、複数の信用のおける業者の見積もりを取り真贋鑑定をしっかり行うことが肝要です。名の売れた作家なら、美術年鑑などの書物におおよその時価が記載されていますが、記載価額で売れる作家は少ないようです。相続税の申告のための評価には信用のある美術専門家の参加が必要です。
デフレが続いています。書画骨董も大きな値下がり損失を抱えています。バブルの頃に購入した書画骨董は、購入原価では売れない可能性が多々あります。本物でも値下がりしているのですから、もし、高額な取得費を支払っている贋物があれば大きな含み損があります。もしものとき、相続人は、相続税を支払うために売却する可能性がありますから、取得価額を明らかにできる書類をそろえておくことは重要です。
取得価額を明らかにする書類とは、購入先の名称、住所、支払金額、支払年月日を確認できる書類です。どうしても領収書が必要だというわけではありません。国税局は、強大な調査権限を有していますから、支払の明細(購入先名称・所在地、支払金額、支払年月日)がわかれば支払先に確認することができます。支払明細だけでなく、購入した支払の明細を補完する資料やテータがあれば相続人は助かります。
支払の明細を補完する資料やデータとは、書画骨董を購入した資金の出所に関する資料やデータのことです。あなたが支払い資金を調達した先(〇〇証券〇〇支店で株を売ったお金だとか、〇〇銀行〇〇支店で定期を解約して支払ったとか)が分かれば、特に、多額の支出がある場合は、効果的です。
書画骨董は動産ですから移動させることが簡単です。相続人は、書画骨董を申告しなくてもわからないのではないかという誘惑にかられがちですが、真贋鑑定のためにも信用ある美術商を(できれば、今のうちに)あなたがしっかり教えておくことも大切なことかもしれません。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。