相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
『こんなこと税務署に聞いてみました』
被相続人の相続財産である投資一任口座(以下ラップ口座)を換価(売却)した場合、相続税の取得費加算の特例の適用はできる? できない?
ラップ口座で資産運用されている方が増えたように感じていた今日この頃。
お亡くなりになった方のラップ口座契約が終了となり、換金された資金を相続された方からご相談を受けました。
「ラップ口座は、毎年計算書を送ってきていたし、税金も源泉されているんじゃないの? ほっといて、いいですか?」
いえいえ、それは違います。
譲渡益が出ている場合には、契約者死亡による換金は源泉徴収されていないので相続した人が所得税の確定申告をする必要があるのです。
「ラップ口座」とは?
① 投資家が証券会社や銀行に資金を預け、投資判断を一任するという投資一任契約を結ぶ。要は、プロにお任せの専用口座
② 原則、所有期間1年以内で、ラップ口座内で株式など有価証券の売買を行う
③ 投資家が証券会社等に報酬を支払って、営利を目的として継続的に有価証券の売買を行う
④ 毎年の所得税の確定申告は、分離課税。営利目的とされており、事業または雑所得になる。
譲渡所得との違いは、営利目的ということでランニングコスト(譲渡所得では計上できない)を経費計上できる点があります。所得税の申告においてはある意味有利といえます。(例えば、金融機関への間接的な経費である運用手数料などの事務経費や、デイトレーダーのパソコンや消耗品の経費など)
*大抵の場合、特定口座で源泉徴収されているし、所得税の確定申告の時も上場株式の譲渡所得と同じように分離課税なので、譲渡所得ではない事をご存じない方も結構おられるのではないでしょうか…。税務署で審査するときも、税率が同じなので、欄を間違えてもさして問題にならず、何も言われないことがほとんどです。
*ラップ口座でなくても、デイトレーダーなど事業または雑所得で申告している場合もあります。
⑤ ラップ口座を所有していた方が亡くなった場合、ラップ口座内の有価証券は強制的に換価されてしまい、譲渡益があれば相続人が確定申告しなくてはならない。
譲渡益が発生しているかどうかは「契約終了報告書」などで確認することができます。
さて、「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」をご存知でしょうか。
取得費に相続税を加算することにより譲渡益が少しでも減るのなら、所得税が安くなるわけですからできれば使いたい特例です。
① 相続または遺贈により取得した土地、建物、株式などの財産を
② 相続開始の日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに
③ 譲渡している場合
④ 相続税の一定金額(譲渡した相続財産ごとに計算)を譲渡所得の取得費に加算できる
という特例です。
「だって、株式売って確定申告するわけだから、条件クリアしているよね」
ただ、もう一つ条件が
➄ この特例は譲渡所得のみに適用がある特例ですので、株式等の譲渡による事業所得及び雑所得については適用できない。
ここで、はて?
相続によるラップ口座の終了時の譲渡は、譲渡所得?それとも事業所得や雑所得?という疑問がわいてきました。
ネットで検索しても、特例ダメ派とか、すぐに売ったら大丈夫派とか入り混じっていました。
「もともとデイトレーダーの人が、相続した株式を自分の口座のなかで売って利益が出た場合なら事業や雑所得と言われて、取得費加算の適用ができないのは仕方がないのかも。でも、今回ラップ口座は、本人死亡で強制終了させられたわけだし、おまけに私は株取引など今まで縁がなく、絶対に営利目的じゃないよ。特例いけるでしょう。」
のご意見も至極当然。
ただ、ラップ口座での利益は、事業又は雑所得であるとの部分も無視できない。
そこで、税務署に聞いてみました。
「亡くなった方は、ラップ口座が営利目的だったかも知れませんが、相続した方は、自己の投資判断の余地もなく、即換価されたことは明らか。そのため、営利目的とは言えないのではないでしょうか。その相続人が申告するのですから、事業や雑所得には該当せず譲渡所得で申告できるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。」と。
お答えをいただくのに、2週間以上かかりました。
(国税局の審理担当などにも確認していたと思われます。)
残念なことに、「分離課税の事業または雑所得になるため取得費加算の特例の適用はできない」との回答がありました。
とても、遠回しな説明ではありましたが、要約すると、ラップ口座の利益は、相続による終了の場合でも利益分は金融機関との一任契約による営利目的での運用益であるため事業又は雑所得となるとのことのようです。
なお、「ラップ口座」と一言でいっても、様々な金融商品が今も、これからも続々と登場すると思われます。この回答がすべてではないのかもしれませんので、個別のケースによって再確認していただく必要があることは、いうまでもありません。