相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
相続税と所得税の狭間(家族信託編)
『家族信託』最近、耳目を集めているもののひとつです。
高齢化と認知症の問題がクローズアップされる昨今、注目されるのも頷けます。
家族信託とは、家族による財産管理の方法の一つです。
所有権を①「財産権(利益を受ける権利)」と②「財産を管理・運用・処分する権利」に分けて、②を子供に託すという契約をすることが可能なのです。
家族信託の一般的なケース(例)
「委託者」…もともとの財産所有者(親)
「受託者」…財産の管理運用処分を任される人(子供)
「受益者」…財産権を持ち、財産から利益受ける人(親)
家族信託を活用することにより、子供が親のために、信託された財産の管理、運用、処分をすることが可能になれば、財産の所有者である親御さんが認知症や病気や体調不良のために、自分で財産管理ができなくなってしまったときの対策になります。
家族信託の相続税や贈与税の取り扱いはどうなっているのでしょうか。
権利が何かしらでも移るのであれば、贈与税がかかるのかと心配になりますが、受益者が親のままということであり、子供が受託者として管理するだけで、利益が親以外に発生しない契約の場合は、信託時に贈与税はかかりません。
そのため、委託者=受益者とする契約が多いのです。
(委託者以外の人が、受益者になるなど、もともとの所有者以外の人が利益を受ければ、もちろん贈与等の対象になります。)
家族信託の場合は、信託契約の際に、委託者兼受益者が死亡した場合の財産の引き継ぎ方が決められています。
「死亡」に起因して、新しく受益者となった場合や、残余財産を受け取った場合など、信託財産に関する利益を受けた人は、遺贈によって財産を取得したとみなされ、相続税の課税対象となります。
みなし遺贈とは、法律上の「贈与」や「遺贈」には該当しないのですが、実質的には贈与や遺贈と同様の効果があることから、相続税又は贈与税の課税対象とされているものです。死亡生命保険金なども同様に「みなし」の取り扱いになっています。(2022年4月号)
ここまで、簡単ではありますが、家族信託についてお話してきました。
要するに、家族信託は、財産が凍結してしまうことなどを免れることにより、有効活用できるというメリットはありますが、相続が開始した場合には、「みなし遺贈」となるため、相続税の節税にはならないということになります。
長い前置きはさておき、ここからは、先月の10月号のコラムに家族信託等を絡めて税法の取り扱いの狭間について進んでいきたいと思います。
10月号設問3の直前まで戻っていただくことになります。「お父さん」の相続で「お母さん」が実家を取得したところから、続きを始めましょう。
「お母さん」の希望もあり、実家の売却はあきらめ、しばらくそのまま所有することにしました。
「お母さん」も入退院を繰り返すような状態でしたので、認知症になってからでは遅いと思い、委託者と受益者を「お母さん」にし、「長男さん」を受託者にして「お母さんの財産」に家族信託を締結しました。
これで、「お母さん」の介護の費用についても安心ですし、万が一、足りなくなった場合は、実家を売却してそれに充てることも可能になりました。
一安心です。
設問3-2【相続税】
「お母さん」が5年後に亡くなられて、相続が開始しました。
「長男さん」は、引き続き、社宅住まいです。「長女さん」は転居していません。
「長男さん」は、信託契約が終了したことにより、残余財産の給付を受け実家を取得しました。
実家に小規模宅地(特定居住用)の特例は適用できるでしょうか。
① 「長男さん」→〇適用できる。
平成19年度税制改正において、信託に関する権利を取得した者は、みなし遺贈として取り扱うこと、そして、小規模宅地の特例適用については、相続や遺贈の場合と同様に特例適用対象となることが、法令により明らかにされました。
信託に関する権利取得の場合にも特例が認められるのであれば、先月の設問3と、答えは同じになるというわけです。
「長男さん」は特定居住用の小規模宅地の減額の特例を受けて、相続税の申告を終え、申告期限まで保有しました。
設問4-2【所得税】
「長男さん」は、実家の売却を決意しました。
利用できる譲渡所得の特例はあるのでしょうか。
① 『被相続人の居住用財産(空き家)にかかる譲渡所得の特別控除(いわゆる「空き家特例」)』→×適用できない
「なぜ? どういうこと?先月分では空き家特例が適用できたはずでは?」、今回も読者の方々の疑問符が見えるようです。
その理由は、空き家特例の対象となる取得原因に信託契約による取得が含まれていないからです。
国税庁のホームページでは、家族信託の契約の終了により取得した土地の空き家特例の可否について、文書回答事例が掲載されています。(回答年月日 令和4年12月20日)
まず、質問は、(非常にざっくりとした省略ですいません)「親から信託終了により取得したとはいえ、もともと法定相続人でもあり、かつ死亡原因で受け取ったのだから、相続とかわらないので空き家特例の適用できますよね?」という内容です。
「長男さん」と全く同じシチュエーションです。
回答文書のなかで、空き家特例については、次のように示されています。
非常にわかりにくいのですが、
『適用対象者を相続人に限定し、かつ「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」をした場合に限り適用すると規定したものであると考えられる』とし、『信託終了による残余財産の取得は法律上の相続または遺贈には当たらず』『本件特例の趣旨の下では、帰属権利者による残余財産の取得を相続人による相続又は遺贈による財産の取得と同様に取り扱うことは相当ではない』と。
つまり、適用はダメという回答です。
確かに、設問3-2の小規模宅地の特例のような、「みなし遺贈等」の場合も含むという法令や通達の規定が全くなされていないのです。
② 『相続財産に係る譲渡所得の課税の特例』→〇適用できる
相続で取得した財産を売却したとき、譲渡所得の計算において、その相続財産に課税された相続税を取得費として加算することができるという所得税の特例です。法令では、『相続税法の規定により遺贈等による財産の取得とみなされる場合を対象に含む』との規定がされています。
こちらは、みなし遺贈等も適用されるのです。
①と②の違いは、税法に書いてあるかどうかなのです。
3回にわたって、相続税と所得税について取り上げてみました。
なかでも、2回目3回目は、居住用不動産の特例関係を中心にしました。
いかがでしたか。
判断のポイントが特例ごとに異なることをご理解いただけたでしょうか。
わかりにくいというお叱りを受けそうで、力不足をお詫びするしかないのですが、何より法令が複雑なのです。ご容赦ください。
また、ここに揚げたのはほんの一例で、ケースごとに取り扱いや判断は異なってしまいます。
それでも、実際直面する場面において、メリット・デメリットを含めて、多角的な判断が必要であることはお伝えできたと思います。
特に特例の判断、適用については税額への影響が極めて大きいものです。
私自身もこのコラムを書きながら、法律って怖いと改めて感じました。
相続税や譲渡所得などに精通した税理士に、一次相続・二次相続を含め、相談や確認をされておかれるとご安心いただけるのではないでしょうか。