相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
贋作~美術品を相続財産として評価する時
ショートストーリー
「どうでした?」
心配そうに若社長が尋ねる。
美術商はあっさり答えた。
「贋作ですね。気品がないし色気もない」
「そうですか・・・」若奥さんがケーキを配りながら言った。
「全部で2億円でしたね」
私が尋ねると
「いえ、3億5千万くらいつぎ込んでいるはずです」
と若社長が答えた。
「あまり驚きませんね」
私が言うと、家族全員が顔を見合わせ、口をそろえて言った
「ええ、薄々そんなことじゃないかと思っていましたから」
ある冬の日だった。都心から2時間あまり急行に乗ると、着いた駅に出迎えの車が待っていた。車に乗って20分も走ったろうか、田圃がなくなり辺りは野原になった。だんだん上り坂になり、ようやく集落に入ったと思ったら小さな体育館のような建物の駐車場に車は停まった。
体育館だと思った建物は、美術館だった。入口に洒落た筆書きで「憮庵」と書いてある・比較的新しい建物だ。中はひんやりとしていた。入口には一目で中国製とわかる大きな壺が置いてある。壺には大きな龍が描かれている。
建物の内部は、奥行き15メートルほどのガラスケースが四列、ずらりと並んでいる。ケースの中にはたくさんの陶器が陳列されていた。
美術商はとみれば、入口の壺を一目見た途端つまらなそうな顔になって、あとはぶらぶらお義理のように館内を一巡すると煙草を吸いに出て行ってしまった。我々はしかたなく会長と呼ばれる老人の解説を聞きながら陳列品を見た。会長はすりきれた美術書を何冊か取り出し、陳列品と美術書の写真を見比べ「ほらここに載っているとおりの物が集まっているのですよ」と自慢げに解説してくれた。
一同は、感心したように相槌を打ちながら三十分ほど話を聞いた後、幸せそうな顔をした老人を残し母屋に入った。
そこには美術商が退屈そうに煙草を吸って待っていた。
彼は、期待と不安に満ちたみんなの視線を集め、職業的な咳払いをした後、おもむろに話し始めた。
「ガラクタですな」
「え、全部ですか」
「当たり前です。美術品、宝石、いずれも一緒です。玉石混淆ということはないのですよ」
「というと」
「ひとつ贋物だったら、みんな贋物なのですよ」
「なぜですか」
「簡単なことだよ。あそこにあったガラクタを売りに来る人間は何人いますか」
「え?」
「ここに美術商の名刺を持ってくる者が何人もいるわけではないでしょう」
「ええ、齋藤さんと山田さんですが」
「美術商というものはですな。贋物でも喜んでお金を出してくれるお客さんが最高のお客さんなのですよ」
「というと」
「私が、ここに営業に来ていたとしますね。あのガラクタを見たら、しめたと思いますな。そこら中からガラクタをかき集めて結構な口上で売りつけますよ。1万円で仕入れた壺を4~500万円で売るのですよ」
一同唖然として顔を見合わせた。
若奥さんが言った。
「さっき宝石っておしゃいましたよね。宝石を売る人もそんなことをするのですか」
「そうです。奥さんが宝石店に買い物に行きますね。そういう時に女の人というのは持っている宝石のうち一番いいものを着けていきますね」
「ええ、まあ、一番とはいわなくても、気に入っている指輪をして行きますわ」
「そうでしょう。宝石商は奥さんの指輪をちらりと見ながら奥さんを鑑定しているのです」
「わたしを鑑定するのですか」
「ええ、大きくとも安物の指輪をしている人には、見栄えの良い大きな石を見せ、小さくても本物の指輪をしている人には、少々値が張っても本物の石をみせるのです」
「あら」
「だから最初が肝心なのです。とにかく小さい石でも最高級品を買わないといけない」
「あら、あら」
「美術品も本当に良い物を最初に買うことが肝心なのです」
「素人には本物と贋作を区別できないでしょうね」
「どうしたらよいのですか」
「そうですな」
美術商は苦笑いをしながら煙草を灰皿に押し付け、若奥さんの顔を覗き込むようにして言った。
「一番良い方法は、生きている作家の物を買うことです」
「作家が生きていれば、本人に聞けば本物だと確認できますね」
「そういうことです。それに、ほんのちょっとでも芸術家のパトロンになるというのは気分のよいものです」
「なるほど」
「おまけに、その作家があなたより先にあの世に旅立てば、どんどん値が上がる」
美術商はかんらからからと笑った。
ここがポイント 再調達価額が評価の基本ですが
相続税の調査で美術品の申告漏れが発見されることがあります。普通預金に3,000円(3,000万円ではありません。)ほどの入金がありました。調査官が不審に思って振込人を調べたら某国立美術館でした。なんのお金かと電話で問い合わせたら、絵画の借り賃だったのです。被相続人から美術館が借り入れている絵画の借料だったというケースです。国立美術館で展示していたくらいですから絵画も結構な値段でした。申告漏れですね。
このようなケースはさておき、通常、多くの調査官は、絵画や宝石をあまり一生懸命探さないようです。美術品や宝飾類は買った値段で売れないからです。購入後の値下がり分を無視しても、100万円で買ったものが30万円程でしか売れません。
宝石や美術品の市販価額は仕入れ値の3倍くらいするようです。仕入れてから売れるまで資金が在庫として眠ってしまいます。展示期間の利息や家賃、人件費などの経費を考えると仕入れ値の3倍くらいの上代をつけておかないと業者は商売にならないからです。
でも評価は実際の売却価格かといったらそうではありません。相続税や贈与税の評価は、売却価額ではなく、その時点で購入したらいくらかという取得価額で評価するのが大原則なのです。申告は取得価額でしなければならないということは覚えておいてください。
ただ、取得価額と売却価額にあまりにも差があると調査官の人情として買値が100万円くらいならあまり熱心にならないのです。
実務アドバイス
相続財産に絵画とか骨董品がたくさんある場合の申告はどのようにするのでしょう。一番簡単なのは出入りの美術商に見積書を書いてもらい、それを根拠に申告書を作成する方法です。わざわざ鑑定書を取るには及びません。ただ、出入りの業者が信頼できる業者かどうかのチェックは必要です。
税務署は、評価額が低すぎるなと判断したら国税局ご用達の美術商に鑑定を依頼するようです。ただ、中には数千万円で申告していた美術品を再鑑定したところ数百万円の価値しかなかったということもあります。払いすぎた税金は返ってきますが利息はつきません。
「父には、出入りの美術商なんていたかしら、どこのお店で買ったのか聞いておけばよかった」
あなたが目をつぶった後に、相続人が戸惑うことも多いものです。こんなケースでは、見積を頼む美術商探しが一苦労です。相続人を困らせないために、見積もりを依頼する業者の名前や電話番号をどこかに書いておくとよいでしょう。
「そうだったのか!相続と相続税対策」税務研究会出版局刊より一部改稿
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。