相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
事業承継税制によくある勘違い~事業承継税制の対象となる会社~
先日、「経営している会社が賃貸アパートを建築すると、有価証券、自ら使用していない不動産、現金・預金等の特定資産の保有割合が総資産の総額の70%以上となるため資産保有型会社に該当してしまい、事業承継税制は適用することはできません。」と税務署の署員に指導を受けたお客様がいました。しかし、そのお客様の話を傾聴すると、経営している会社は事業承継税制の対象となる会社なのです。(事業承継税制の概要については、国税庁のHPなどでご確認いただくことが可能です。)
なぜ、このような勘違いがおきてしまったのでしょうか。
1 税務相談の状況
税務署の署員は、お客様の話を聴くと、パンフレットをお客様に交付し、事業承継税制の適用を受けることができる会社の主な要件について、次のいずれにも該当しないこと(以下、「形式要件」といいます。)と説明したそうです。1上場会社、2中小企業者に該当しない会社(分かりづらいので補足すると中小企業者であることが要件となります。但し、以下における法人は中小企業者には該当しません。医療法人、社会福祉法人、士業法人及び外国法人。)、3風俗営業会社及び4資産管理会社。そして、「資産管理会社」とは、有価証券、自ら使用していない不動産、現金・預金等の特定の資産の保有割合が総資産の総額の70%以上の会社(資産保有型会社)やこれらの特定の資産から運用収入が総収入金額の75%以上の会社(資産運用型会社)である。
お客様に拝見させていただいたパンプレットにも、税務署の署員が説明したことと同様のことが記載されていました。しかし、説明が抜けているところもあります。
資産管理会社(一定の要件を満たすものを除きます。)というカッコ書きの部分です。
2 資産管理会社であっても事業承継税制の対象になる会社(資産管理会社からの除外規定)
この一定の要件を満たす資産管理会社とは、資産保有型会社又は資産運用型会社のうち租税特別措置法施行令(以下、「措令」といいます。)第40条の8第6項で定めるものに該当しない(以下、「実態要件」といいます。)会社のことです。なお、贈与の条文番号で説明していますが、相続の条文である措令第40条の8の2第7項でも同様の要件となり以下同じです。
措令第40条の8第6項で定めるものに該当しない会社は、要旨、次の要件をすべて満たしている会社です。
⑴ 常時、使用している従業員(経営承継相続人等と生計を一にする親族以外)が5名以上である。
⑵ 親族以外の従業員が勤務している事務所、店舗、工場その他の固定施設など有しているか、又は賃貸している。
⑶ 贈与の日又は経営承継相続人の被相続人の死亡の日において、3年以上継続して事業(租税特別措置法施行規則(以下、「措規」といいます。)第23条の9第5項に規定する業務)を行っている。
措規第23条の9第5項に規定する業務とは、要旨、次のいずれかを満たしている業務です。
① 商品販売等(商品の販売、資産の貸付け又は役務の提供で、継続して得て行われるものをいい、その商品の開発若しくは生産又は役務の開発を含む。次において同じ。)
② 商品販売等を行うために必要となる資産(上記⑵の固定施設を除く。)の所有又は賃借
③ 上記⑴及び⑵に掲げる業務に類するもの
大まかに説明すると、上記の要件を満たしさえすれば、親族で経営して相続税の節税に利用されることが多い不動産管理会社、資産管理会社、持株会社などであろうとも一般事業会社と同様に、事業承継税制の対象になる会社となれるのです。ただし、その他の要件を満たす必要もあり、特に常時使用従業員5名以上という要件がこの制度の適用前、適用中に求められるためメリットの出る会社は非常に限られます。
3 勘違いがおきてしまった理由
事業承継税制は、一般事業会社のための制度です。不動産管理会社、資産管理会社、持株会社などは、親族で経営して相続税の節税に利用されることが多いため、原則として事業承継税制の適用が認められないものです。
しかしながら、事業承継税制の趣旨は事業継続と雇用維持ですから、法は上記のように一定の要件を定めて事業承継税制の適用を認めています。
この部分について、多くのパンフレットや書籍などの記載では、資産管理会社は適用できないという説明を先にすることにより先入観を植え付け、簡略化やただし書きなどでの記載としていることから、イメージが湧き難く勘違いがおきてしまうのではないでしょうか。
上記2除外規定に関する事項について、税務署員が知っていて質問及び説明がなされなかったのか、忘れたのか分かりませんが、お客様は、資産保有型会社の要件に該当すると事業承継税制の適用を受けることができないと勘違いしてしまったのです。
4 相談した会社の状況
お客様の経営する会社は、創業50年の親族以外の従業員が30名という飲食店(一般事業会社)でした。現在所有している土地に賃貸マンションを建設すると特定の資産の保有割合が総資産の総額の70%以上となり事業承継税制の適用が受けられなくなると勘違いし、賃貸マンションの建設を悩んでいましたが、上記の説明が役にたったようです。お客様の経営する会社の経済基盤を安定させるために、賃貸マンションの建設を選択したそうです。
5 事業承継税制を適用される方へのアドバイス
事業承継税制の納税猶予は2018年度申請件数が前年の約7倍、約2,900件となりましたが、現在の税理士登録者数は全国で約78,000人です。まだこの特例を適用した申告書を見たこともない税理士も多くいることでしょう。経験豊富なベテランの税理士が対応しないと誤ることも多々あると思われます。転ばぬ先の杖、ぜひ、相続税対策には経験豊富なベテラン税理士を見つけて早めにご相談なさることをお勧めします。
6 参考
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。