相続の税務や贈与について、遺産を分割する場合に注意すべきこと、法人税など他の税法との関連、税務署の調査官の考え方などにも言及した実務アドバイスです。
地代と借地権
借地権の評価
ショートストーリー
「おまえたちには、何ひとつわかっちゃおらんのだ」
叔父は言った。
「年老いて何ひとつまともにできなくなるというのがどういうものか、まるでわかっちゃおらんのだ」
「そうよねえ、あたしは、そういうことは知らないわ」
ちょっとひねた性格の妹が言った。
妹と私が知っているのは、 若さゆえ何ひとつまともにできないということだった。相続だってそうだ。
例えば叔父が経営している会社の本社の敷地は先日亡くなった父のものだった。もう30年前から会社に貸しているのだけど、叔父の会社だから父は地代なんて取っていない。それなのに会社に借地権があるという。なぜなの?
ここがポイント
税法の体系の中で、法人は特別な位置づけをされています。法人は、純粋な経済人として行動するという大前提があるのです。
純粋な経済人とは、けちで節約好きな人という意味ではありません。法人税法が想定する純粋な経済人とは払うべきものはきちんと払う、もらうべきものはきちんと受け取るという経済人です。
土地を賃借して地上に建物を建てると、建物所有者に借地権が生じます。そこで、地主は借地権相当額の権利金を要求することになります。このように権利金の授受の慣行がある地域で、純粋な済人が土地を借りるときは、払うべきものはきちんと払うということですから、権利金を支払う前提で法人税法が定める所得の計算をします。もし、地主と仲が良くて支払わないで済んでいるのなら、支払うべき権利金に相当するお金を地主から寄付されたものとして法人税の計算をするのが建前なのです。
叔父さんの会社は土地を借りるときに権利金を支払っていなかったので、亡父(叔父さんからみると兄弟)から権利金相当額を寄付されたものと考えるのです。これが最近のことだったら、けっこう多額の法人税の支払いになるので、みんな真剣になるのですが、土地の貸し借りがあったのは30年も前ということですから、叔父さんの会社が得た利益(権利金を免除された利益)に対する課税の問題は(課税漏れがあったとしても)終わっています。
相続が起こった時点では、叔父さんの会社に借地権があり、相続財産は底地だけというのが相続税法を含めた税法の見方なのです。
解説
借地権課税には、長い歴史があります。借地権課税を理解するには2つの問題を理解する必要があります。一つは民法上の問題です。いま一つは、税法固有の問題です。
1.借地権に関する民法の基礎知識・・・借地権の物権化
最初に、民法の話をしましょう。民法は、土地を借りる方法について2つの異なった権利を用意しました。物件たる地上権(民法265条)と債権たる賃借権(民法601条) の2種類です。地上権は物件です。物権とは、ものを直接に支配する権利です。債権とは、この場合は、賃貸借契約、やさしく言えば「約束」です。
土地を借りる際に、土地を借りる人が、地主の承諾を得て地上権を設定すると、地主が変わっても土地を借りる権利はびくともしません。Aという地主から土地を借りたあなたが地上権の設定登記をする(地上権者は地主に対し、登記に協力しろという登記請求権も持っています。)と、AがBに土地を売って新しい地主であるBがやってきても、地上権者たるあなたは、平然と「自分は地上権と言う権利を持っているんだよ」と新しい地主言えば良いのです。
地上権は、このように強い権利なので、新しい地主に対抗するためには、さっき話しました「登記」が必要です。AからBが土地を買うときに、地上権と言う強い権利があることがわからないとBが不測の損害を被る恐れがあるからです。地上権と言う強い権利が設定されている土地なのかどうかは、法務局で登記簿を調べればわかるようになっているのです。
物権たる地上権は、このように強い権利ですから、地主はなかなか地上権の設定に同意しませんでした。同意しませんでしたと言いましたが、この話は大体明治40年位までの話だと理解してください。地主は、土地を貸すときに地代は欲しい、だが、地上権のような強い権利を設定するのは嫌だと考えます。そこで大概の場合、地主は地上権を設定することはしないで単に土地を貸す契約をするだけだったのです。
土地を貸す契約は、「土地を貸しますよ。借りますよ」と言う約束です。あなたと私が約束しても、約束を守る義務があるのは、あなたと私です。私があなたに土地を貸す契約をして、あなたが土地の上に建物を建てたとしましょう。私に金が必要になりその土地を第三者に売ってしまったらどうでしょうか。新しい地主(土地の買主)がやってきてあなたにこう言ったらどうしますか。
「私は、あなたに土地を貸す約束をした覚えは無い。建物を取り壊して土地を明け渡してほしい」
さて、あなたは困りますね。建物は決して安いものではありません。これが工場などの多額の建築費をかけた建物だったらなおさら大変です。新築の建物を壊すと言うのも、社会的な損失になります。
土地の賃貸借契約も登記すれば地上権と同じような強い権利にすることはできます。でも、地上権設定契約と異なり、土地の賃貸借契約は地主に登記を請求できる権利ではなかったのです。賃貸借契約の権利(「賃借権」ですね)が登記されることが極めて稀だったのです。日露戦争後、土地が暴騰したときに、値上がりした土地を売ってしまう地主が多くなったので新しい地主から立ち退きを迫られる人が急増し社会的に問題になりました。
そこで、明治42年に建物保護法と言う法律ができました。今まで単に土地を借りる契約しかなかった人も自分の所有している建物に関する保存登記をすれば土地を借りる権利を対抗できるようになったのです。自分の所有している建物の登記ですから自由にできます。建物の保存登記さえすれば、新しい地主に対して、古い地主と約束した権利を主張できるようになったのです。これを賃借権の物権化といいます。
大正10年には、借地法が成立し、建物の所有を目的とする賃借権を地上権と一まとめにして借地権と呼び存続期間の延長・継続が行われました。さらに平成4年に借地借家法が施行され、定期借地権や定期借家権の規定が新設されました。
2.借地権課税に関する税法の考え方
(1)相当地代の支払か「無償返還の届出」
借地権に関する税法の考え方は極めて特殊です。借地権と言う権利の歴史が土地の高騰に影響された背景を強く意識しているのです。土地の値段が高くなり借地権を権利として意識し、貸地を返してもらうときには多額の立退料の支払いが行われるようになりました。逆に土地を貸す時にもそれなりの権利金を受け取る慣行が生まれました。この慣行を前提にすれば、同族法人の関係者が自分の会社に土地を貸す場合にも、権利金の授受を要求することになります。法人は純粋の経済人として行動することを前提に法人税の所得を計算するという考え方から見ると当然の帰結です。
ところが通常授受される権利金というものを借地権の価額そのもので評価すると非常に高額なものとなります。オーナーが所有している5,000万円の土地を自分の会社に貸す場合に通常収受すべき権利金は3,000万円 (更地価格5,000万円×借地権割合0.6)であるとして、権利金を認定課税するというのは、法人税の税務実務ではなかなか実施できるものではなかったのです。
権利金の認定課税の根拠法令である法人税法施行令第137条は存在したのですが、昭和55年までは、法人税担当部署で借地権の認定課税を行っているケースは極めて稀だったのです。
ところが、相続税の評価では、借地人が同族法人であっても借地権があることを無視することができません。そこでいつの間にか法人に借地権が移転し、相続財産は底地だけだというケースが多発したのです。
そこで、施行令137条の解釈として、相当の地代の授受があれば権利金の認定課税を行わないということを明確かつ考え方の中心とした通達が発遣されたのです。さらに、この通達は相当の地代の授受をしなくとも、権利金の認定課税を行わない方法を作り出しました。それは、地主と借地人が連名で税務署に「無償返還の届出」を提出れば、権利金の認定課税を行わないという方法です。
この結果、建物を建築する目的で土地の賃貸借契約なされ、借地借家法上は明確に借地権がある場合でも、税法上は借地権がないものとして取り扱うということが可能になったのです。
(2)なぜ相当の地代の授受があれば権利金の認定課税は行われないのか
相当の地代とは収益還元評価の考え方で評価した場合に土地の価値が100%発揮される地代のことをいいます。相当地代における収益還元の考え方は次の通りです。
①土地は6%の収益を上げることができる。
②1,000万円土地は60万円の地代を生む。
③60万円の地代を生んで土地は1,000万円の価値がある。
路線価1,000万円の土地で60万の地代を受け取っているのなら、土地の価値が100%発揮されている地代を受け取っていると考えるのです。路線価が1,000万円なのに地代を30万円円しか受け取っていないのであれば、土地の価値は500万円に下がっていると考えるのです。土地の価値が減ってしまった理由は、借地権という資産が借地人に移転したからだと考えます。この場合、底地の評価が500万円の借地権の評価も500万円になります。
実際に収受している地代が48万円なら、借地人に移転した価値は200万円になります。法人税法基本通達13-1-3は、次のように計算式を定めています。
土地の更地価格× (1 −実際地代/相当地代) =認定される権利の額
同様のケースについて相続税の借地権課税通達「相当の地代を支払っている場合の借地権等についての相続税及び贈与税の取り扱いについて」では、次の算式を定めています。
自用地としての価額×(借地権割合×(1-A/B)
A=実際地代-通常地代
B=相当地代-通常地代
通常地代とは、評価する土地の底地割合に6%をかけた数字です。
借地権割合が60%の土地の底地割合は40%です。1,000万円の土地の底地価格は400万円です。400万円× 6% = 24万円が通常時代となります。
どちらの算式でも同じ答えが出ます。どちらの算式でも認定される権利金(借地権)の上限は賃貸している土地の借地権割合です。
(3)無償返還の届出を提出したら、税務上借地権は無いものと考える
これはごく自然に理解できますね。土地の貸借を行う当事者同士が将来土地の返還を行うときには借地人に立ち退き料を支払う事はないと言うことを誓約することにより、オーナーが自分の会社に土地を貸して事業を行いやすくしているのです。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。