明治時代の元町は、舶来品の店も多く、英語の看板が連なる異国情緒があふれる街並みだった。銀座の「銀ブラ」に対し、神戸の元町を歩くことは「元ブラ」と呼ばれた。大時計、巨大なメガネ、布袋や鬼の手などを模した立体看板が並んだ賑やかな通りだった。ちなみに、小説『人間椅子』は、作者の江戸川乱歩が元ブラをしていた時に、西洋骨董屋の店先の肘掛椅子を見て着想を得たという。
「元町通」は、東西約1.2kmの細長い商店街。元町という名前は、1874(明治7)年、「兵庫県令」(今の県知事に相当)の神田孝平により命名された。「元町通」は開港後、舶来品等を扱うハイカラな商店街として賑わった。