「生田神社」は、海外外征の帰りにこの地に立ち寄った神功皇后(第14代天皇である仲哀天皇の皇后)によって創建されたといわれる。周辺の村はかつて、「生田神社」の社領であり、税は「生田神社」に納められた。そのため村は「神戸(かんべ・戸は家の意味)」と呼ばれ、やがて神戸(こうべ)となった。写真は「生田神社」の一の鳥居で、現在のJRの高架下付近から写したもの。石の鳥居や灯篭は1945(昭和20)年の「神戸大空襲」で失われた。
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写真は現在の同地点付近の様子。現在の一の鳥居は、JRの線路よりも少し南に下った場所に置かれている。
MAP __(現在の一の鳥居)