土地の境界がわからない、調べてもはっきりしない。現地でも、机の上でも、わかりづらい土地の境界について、具体例を交えて、できる限りわかりやすく伝える(ことを目的とした)、土地家屋調査士が解説したアドバイスです。
ADR(裁判外紛争解決手続)による境界紛争解決とは
境界について争いになったとき、それを解消する手段はいくつかあります。
今までにご紹介してきた例ですと
①筆界特定
②境界確定訴訟
の2つがあります。
簡単におさらいしておきましょう。
①筆界特定
これは、全国8か所にある法務局及び42か所にある地方法務局が取り扱っている、「行政が行う筆界の判断」です。
お互いの意見を確認した上で、筆界調査委員が現地を調査し、筆界特定登記官が最終的に筆界の位置を特定します。
あくまで「特定」であり、新たに筆界を作り出す(形成する)力はありません。
②境界確定訴訟(筆界確定訴訟)
これは、全国の裁判所が取り扱っている「司法が行う筆界の判断」です。
筆界特定は筆界を特定することができるだけで、もし筆界が明らかにならなかった場合には、「ここから、ここまでのどこか」といった「範囲」を特定することしかできません。
つまり、最終的な決着がつかないことがあるのですが、境界確定訴訟の場合、仮に筆界の位置が分からなかった場合は、新しく筆界を作り出す力を持ちます。
実は、ここにもう一つの手段があります。それが
③ADR(裁判外紛争解決手続)
です。
ADRについてはあまり内容をご存じない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、このADRを少し詳しく見ていくことにしましょう。
ADR(裁判外紛争解決手続)とは
ADRとはAlternative Dispute Resolutionの頭文字を取ったものです。
私は英語が得意ではないので、ちゃんと調べて訳しますと、「代替的紛争解決手段」となるそうです。この「代替的」というのは、「裁判に代わる」という意味ですね。
つまり、「争いは治めたいけれど、裁判までやるのはちょっと…」と思っている方が選択する手段です。
裁判は、費用も時間もかかりますので、もう少し簡易で早い解決手段として用意されているのがADRです。
「あれ?それなら筆界特定でいいのでは?」と思われるかもしれませんが、ADRは筆界特定とはまた違った性質を持っています。
各都道府県の土地家屋調査士会には、「境界問題相談センター」が設けられています(※会により呼称は異なります。以下では「境界センター」と称します。)。
これは、いわゆる「調停」を行う場です。そこに紛争当事者の双方が参加し、話し合って解決を図るのがADRです。
つまり、第三者が判断して白黒つけるのではなく、当事者同士で和解を目指すものなのです。
ADR手続の流れ
では、手続きの流れを詳しくみてみましょう。
ここでは、東京土地家屋調査士会の境界紛争解決センターのものを参考にします。
①まず、境界紛争が生じた土地の所有者の一方が、境界センターへ相談に訪れます。
②申立てが行われると、境界センターが登記所等で古い資料を調査・収集する事前調査を行います。
③境界センターが、解決委員(調停人)として、有識者を選任します。
④紛争の相手方へ通知し、解決のための手続き期日(調停期日)へ出席するように呼びかけます。
※ここで相手方が同意してくれない場合、ADRを進めることはできません。
⑤相手方が同意をしてくれた場合、調停期日が開催されます。最初はお互いが顔を合わせることはなく、双方の主張を解決委員がヒアリングする形が多く取られます(個別調停)。
⑥必要に応じて、現地の測量や鑑定が行われます。
⑦調査結果を元に、再び調停期日が設けられます。申立人と相手方が同席して行う同席調停も状況に応じて使い分けられます。事案によりますが、概ね4〜5回程度の期日で解決に至ることが一般的です。
⑧和解が成立した場合は、和解契約書が作成されます(公正な第三者に判断を委ねる「仲裁」が選択された場合は、仲裁判断書が作成されます)。
このように、ADRでは、第三者の調査や意見も含めて当事者同士で話し合い、境界の位置を決めるのです。
ここで、勘のいい方はこのような疑問を持たれたのではないでしょうか。
「あれ?公法上の境界である『筆界』は、当事者で決めることはできないのでは?」
その通りです。ADRで決めるのはあくまで所有権界になります。
つまり、この所有権界が筆界の位置と異なった場合は、別途、筆界を一致させる手続きが必要になります。
具体的にいえば、その部分について分筆登記をした上で、所有権の移転の登記をすることになるわけです(通常、この条項は和解契約書の中に盛り込まれます)。
ADRにかかる費用
手数料については、各境界センターで項目や金額が異なります。一例として東京土地家屋調査士会が設置する境界紛争解決センターでは以下のようになっています。
申立費用 | 40,000円(税別) |
事前調査費用 (登記所等での資料の収集・調査等) |
30,000円(税別) |
期日費用 (期日ごとに申立人・相手方各自負担) |
10,000円(税別) |
成立費用 | 紛争の価額 250 万円までは一律30万円。これを越えるときは別途規定により加算。 算定不能の場合は、紛争の価額は300万円とされる。成立費用は、申立人と相手方とで按分することになり、負担割合は解決委員が定める。 |
調査・測量費用 鑑定費用 |
必要に応じて実施 (見積額を提示) |
その他の立て替え費用 | 必要に応じて実費を負担(公租公課等) |
ADRのデメリット
ADRの最大のデメリットは、「相手方の同意が必要」ということです。紛争が生じている以上、関係性は決して良好とはいえないでしょうから、ここが最もハードルの高い部分になります。
また、調停期日に参加してくれたとしても、話し合いがまとまらないこともあります。
強制力を持つ手続きではありませんから、不調で終わってしまうこともありえるのです。
ただ、強制力がないからこそ、まずは穏便に話し合いを進めたいという方には有効な手段といえます。
境界紛争解決手段の比較
最後に、それぞれの境界紛争解決手段を比較しておきましょう。
紛争の態様、解決の方向性、要する時間や費用などから、どの手段が最適かをご判断頂ければと思います。
特徴・メリット | デメリット | |
筆界特定 |
・法務局又は地方法務局の筆界特定登記官に筆界特定の申請をする。 ・公法上の境界である「筆界」の位置について、筆界特定登記官の認識を示すものである。 ・裁判に比べ時間がかからず費用も廉価である。 ・登記所の資料等公的資料を有効に活用できる。 ・特定された結果は、登記に反映することができるように登記手続との連携が図られている。 |
・「所有権界」は扱わないため、所有権に関する争いが残ることがある。 ・筆界特定がされたこと及びその内容について公示される。 |
境界確定訴訟 | ・裁判所に訴えの提起をする。 ・公法上の境界である「筆界」の確定を求める「筆界確定訴訟」と、私法上の「所有権界」を扱う、所有権の範囲の確認を求める「所有権確認訴訟」がある。 ・「筆界確定訴訟」と「所有権確認訴訟」は、併合して提起することができ、境界に関する紛争をまとめて解決することが可能。 ・相手の都合に関係なく手続を進めることができる。 |
・時間と費用がかかる。 ・手続が公開される。 ・判決は、それをもって直ちに登記に反映することがで きる形に必ずしもなっていない。 |
ADR |
・民間の紛争解決機関に境界に関する紛争の調停を申し立てる。 ・「筆界」「所有権界」の両方が扱えるので 、境界に関する紛争をまとめて解決することができる。 ・裁判に比べ時間がかからず費用も廉価である。 ・手続は非公開で行われ、秘密が守られる。 ・境界に関する専門家の弁護士と土地家屋調査士が調停にあたる。そのため、登記に反映することができる内容の調停がされる。 |
・手続をするためには、相手方の同意が必要である |