土地の境界がわからない、調べてもはっきりしない。現地でも、机の上でも、わかりづらい土地の境界について、具体例を交えて、できる限りわかりやすく伝える(ことを目的とした)、土地家屋調査士が解説したアドバイスです。
境界標~刻印の変遷~
皆様の土地にある境界標はどのような刻印ですか、十字ですか?矢印ですか?ふだん、じっくり見ることのない境界標ですが、土に埋もれながら雨風を受けながら人知れず境界を守っている、人によって設置された標識です。それらの境界標も、時代の流れとともに形状を変え、ちょっとした歴史を持っています。今月はそんな「境界標~刻印の変遷~」をお話してみたいと思います。
境界標は、境界の点や線の位置を示すための標識です。御影石杭、コンクリート杭、金属標、プラスチック杭など材質は様々ですが、これらの境界標の頭部には位置を示すための刻印があります。代表的な刻印と、それらが示す境界点を図解します。
これらの刻印の示す境界点はおおむね上記の通りです。あえて、「おおむね」と言いましたが、なぜ「おおむね」かというのが今回のお話のテーマになります。
まず、これらの各種の刻みが主流となった時代を整理します。確かな資料等がないため、こちらも「おおむね」ですが土地家屋調査士の諸先輩方や、何世代も土地を守っている地主の方々からの証言、それから私のつたない現場経験をもとに。
丸印の刻印は、主に御影石の境界杭などでよく見られます。大正時代から戦後にかけて御影石の杭がよく使われていました。なかなか出会う機会は少ないのですが、歴史的に古い地域などでは今も残っています。また、東京の都心部では、関東大震災や太平洋戦争からの復興図作成とともに御影石の杭が広く使われたので、意外な場所から御影石の杭が顔を出すかもしれません。御影石の杭で悩まされるのは、ときどき丸印の刻印すらない無地のものが出てきた場合です。境界点がその中心にあるのか、または角にあるのかはっきりしません。そんな時は、単に境界標を見るのではなく、地域の慣習や地形などを考慮して、境界標を読む力が必要です。
続いて境界標の代名詞である十字の刻印です。戦後から現在にかけてコンクリート技術の発展とともに、御影石の杭からコンクリート杭に変遷する過程で、十字の刻印は普及していきます。まあ、御影石に十字の刻印をいれるのは大変な作業ですし、セメントで型を取りやすい、刻印を入れやすいコンクリート材質が一般的になるのは当然ですね。その後、金属標、プラスチック杭にも十字の刻印は広く使用されていきます。
さて、この境界標の代名詞でもある十字の刻印ですが、その示す境界点にひと癖あります。判例では、天頂に十文字を表示した角杭の場合、特段の事情がない限り、当該杭の天頂の十文字の中心が境界点である(福岡高判昭和46年7月22日判時653号93頁)とあります。おおむね、そのとおりであります。しかし、なぜ「おおむね」か。ここで、中心が境界点でない「特段の事情」とやらを、私がときどき現場で遭遇する事例で紹介いたします。
上記は、万年塀や大谷石の工作物に邪魔されて正しい境界点の位置に十字の中心を設置することができず、やむを得ずその工作物の横に添えるように設置したケースです。この場合、十字の刻印は「点」ではなく「線」を示しており、実務では「方向杭」と呼ばれることがあります。十字の中心が境界点であるという先入観にとらわれてしまえば、この境界標は境界紛争の一因になってしまいますね。「特段の事情」は案外身近に潜んでいるものだというのが私の実感です。こんなとき、地積測量図があればと思うのですが、その話しは次回以降にいたしますね。
以上のように、境界標は、いつ、誰が、どのような意図を持って設置したのか考えれば、一見判断の難しい杭であっても、どの部分が境界点であるか読み取ることができるでしょう。土地家屋調査士たるもの、依頼主の土地を守るため、少し疑い深いくらいが丁度いいと肝に銘じて日々仕事をしております。
最後に、比較的新しい矢印の刻印です。これらは「おおむね」という言葉は必要なく、矢印が境界点です。厳密に言えば、矢の先端というより、矢の方向にある杭の先端が境界点となります。大変にわかりやすいですね。これら矢印の刻印は、さきほどの十字の刻印の事例で紹介した「特段の事情」おいて大活躍します。以下の図のとおりです。
矢印のおかげで、きれいに境界標が設置されました。矢印の刻印が主流になってきたのは昭和の後期から平成にかけてです。これは我々の生活において、お隣との境にある工作物が生垣などであった時代から、万年塀やブロック塀に移り変わっていく時代を表しているように感じます。丸印や十字の刻印の時は、まだ境界杭や工作物はお互いの所有物であり、ともに管理し合うという意識が強かった頃でした。しかし、平成に入って矢印の刻印が主流になってきた傾向は、もはや境界はお互いで管理するもではなく、個々人で管理するものだという時代の裏写しなのかもしれません。
昨今のピリピリとした越境物の対策に、大活躍するのが矢印の刻印のある境界標です。角が立つ越境問題は矢印の境界標に任せて、私自身は角が立たぬよう、おおむね人間らしく、大切な境界問題に対処していこうと思います。
杭を残して、悔いは残さず!ありがとうございました。