土地の境界がわからない、調べてもはっきりしない。現地でも、机の上でも、わかりづらい土地の境界について、具体例を交えて、できる限りわかりやすく伝える(ことを目的とした)、土地家屋調査士が解説したアドバイスです。
「筆界」と「所有権界」
3年前に依頼を受けた境界の確認に関するお仕事で、その後、境界確認訴訟に発展した事件が、最近やっと終息に向かいました。先日、依頼主のお客様とお食事をしてお互いの労をねぎらいました。
その席で依頼主のお客様が「3年も裁判を続けてきて大変でしたが、自分も境界についてかなり詳しくなりましたよ。それでも、あの筆界と所有権界というのがいまだにわかりません。本当に難しいですね」と言っていたのが印象的でした。同時に、このお客様は、本当に境界について勉強されたんだなと思いました。
「筆界」と「所有権界」のことを理解するのは非常に難しいものです。きっと裁判官、弁護士の先生方にとっても「筆界」と「所有権界」についての事案は非常に頭を悩ませるものではないでしょうか。
私も土地家屋調査士として、「筆界」と「所有権界」について日々研修を重ね、学んでおります。登記官、裁判官、弁護士の先生方を講師に招いた研修会では、目から鱗が出るような講義に出席でき、深く感動したことを覚えています。
今月は「筆界」と「所有権界」についてお話ししたいと思います。境界について考えていく上で必須事項でありながら、しかし難解であるというのが「筆界」と「所有権界」です。わかりやすくお伝えすることが私のコラムの目的なので、結論を最初に言っておきます。
我々の一般概念である土地の「境界」とは、「筆界」と「所有権界」に大別されます。この「筆界」と「所有権界」は本来一致するはずなのですが、何かの原因で不一致になることがあります。このとき境界トラブルが発生していると言えます。「筆界」と「所有権界」の不一致の原因を探り、整理して一致させていくことが境界トラブルを防ぐ最善の方法となります。ゆえに境界問題に対処したときは、「筆界」と「所有権界」の関係性を検証しながら慎重に進めていくべきでしょう。
今までの私のコラムでは当たり前のように「境界」という言葉を使っておりました。しかし、これからは、特に区別して説明する必要がある場合は「境界」という言葉を使わず、「筆界」と「所有権界」に分けて説明していきたいと思います。特に区別する必要がない場合、そのまま「境界」という言葉を使っていきたいと思います。
それでは「筆界」と「所有権界」について、それぞれ簡単に説明し、最後に両者の関係についてまとめてみたいと思います。
「筆界」について
「公法上の境界」と呼ばれています。平成17年、不動産登記法の改正によって、はじめて「筆界」という言葉が明文化されました。以下が「筆界」の定義となります。
「筆界 表題登記がある一筆の土地(以下単に「一筆の土地」という)とこれに隣接する他の土地(表題登記がない土地を含む。以下同じ)との間において、当該一筆の土地が登記された時にその境を構成するものとされた二以上の点及びこれらを結ぶ直線をいう」
(不動産登記法第123条第1号)
というものです。
「土地が登記された時」というのは、地租改正事業の時、すなわち公簿や公図ができて地番というものが公示された時です。要するに、不動産登記法によって存在する「ー筆の土地の外縁」を「筆界」と言います。これは不動のものであって、明治の地租改正以来ずっと継承しているものです。お隣さん同士の話し合いで、勝手に変更したりすることのできない線形です。不動産登記法の範囲内で分筆登記や合筆登記をおこなって線形を整理していくことになります。「筆界」は目に見えないものです。「筆界」を現地で探す方法は、法務局にある「地図・公図」「地積測量図」等を手がかりに見つけていくことになります。
「所有権界」について
「私法上の境界」と呼ばれています。互いに接する土地において、その土地所有者どうしの所有権と所有権がぶつかり合うところが「所有権界」です。「ここからここまでが私の土地ですよ」という、民法による所有権の概念内に存在し、垣根やブロック塀、または境界標などを設置して物理的に現地に表示しています。
我が国の土地所有権の成立は、諸説ありますが、明治初期とされています。「所有権界」もまた地租改正以来ずっと継承され、人々の話し合いにより線形を変えながら現在に至っております。
「所有権界」は目には見えないものです。「所有権界」を現地で探す方法は、土地所有者が現地に集まって「境界確認の立ち会い」を行う方法、またはブロック塀や境界標などの位置を検証する方法などが一般的です。
「筆界」と「所有権界」の関係について
(1)「筆界」と「所有権界」が一致すべき理由
2017年12月号コラム(公図の性格を知って、正確性を知る)でもお話ししたように、地租改正時、村民たちの作成した図面が「公図」となり「公簿」になっていきます。村民たちの「所有権界」を図面化して、それが「公図」となり「公簿」になっていくことになりますから、その時点で「所有権界」=「筆界」となります。つまり「筆界」が形成された時点で、「筆界」と「所有権界」は表裏一体なものでした。これが「筆界」と「所有権界」が本来一致する理由です。
(2)「筆界」と「所有権界」が不一致になる原因
①「筆界」を表す「地図・公図」「地積測量図」等に、過失や故意の問題があって、「所有権界」の位置と一致しない場合があります。その場合は「地図・公図」「地積測量図」等を訂正すれば良いのですが、その是正をしなかった為に不一致となります。
②両土地所有者の話し合いにより「所有権界」に変更がありました。それを現地に表すために新たなブロック塀を設置したにもかかわらず、分筆登記をしなかった場合があります。分筆登記をしなければ「地図・公図」「地積測量図」等に反映されないですから、「筆界」も存在しません。「筆界」が存在しないのに、「所有権界」は存在するという状態です。
①、②ともにその状態を放置することで、単なる「筆界」と「所有権界」の不一致であったものが、「境界」トラブルへと変貌していきます。具体的に原因をあげれば、時間が経過することでの記憶の忘却、資料の紛失などが考えられます。しかしより深刻なのは、土地所有者自体が時の流れとともに移り変わっていくことです。当事者の忘却や紛失とは全く無縁で関係のない、後世の土地所有者が「境界」トラブルに巻き込まれてしまうことがあります。何が原因であるかさっぱりわからず、新しい土地所有者が苦悩している事案に遭遇してしまうことが度々ありました。
(3)「筆界」と「所有権界」の不一致への対応
民法の法理に由来し意思表示のみで変動する「所有権界」、そして不動産登記法によって存在する不動の「筆界」。両者を一致させるために、どちらかをどちらかにアプローチしていくことになります。不一致の原因を検証し、何が問題になっているかを法律的観点から整理していくことが必要です。ここで、弁護士の先生方は民法上のトラブル解決に慣れているためか事案を「所有権界」から整理し考え、最終的に合意できるかどうかという手順を踏むようなアプローチ方法を行います。他方、土地家屋調査士は現地で「筆界」を探し、登記等の資料で証拠を検証・現地を測量し、問題を解決しようとするアプローチ方法をとる傾向があります。どちらが最善の方法かは事案により異なりますので、その状況に応じて慎重に対応していく必要があると思います。
最後にコラムのまとめということで、「筆界」を探す我々土地家屋調査士が鉄則とするアプローチ方法を紹介します。前述した、目から鱗が出るような講義で学んできた鉄則であります。
「筆界」の成立時、「筆界」と「所有権界」は一致していました。ゆえに「筆界」を探す必要がある場合には、土地所有者との「境界確認の立ち会い」を行い、「所有権界」を確認して、その「所有権界」をそのまま「筆界」とみても、「登記記録」や「地図・公図」「地積測量図」等その他の資料と矛盾しなければ、当該「所有権界」をもって「筆界」と推認する手順を踏むということです。
土地境界の問題に長年携わってきた先人の知恵の結晶ともいうべき鉄則であります。いつか高度な技術が現れ、現地において「筆界」が赤い線か何かで目視できるその日まで、土地所有者の話しを聞きながら、スコップで穴を掘りながら、この言葉を胸に「筆界」を探して参ります。
杭を残して、悔いを残さず!ありがとうございました。