土地の境界がわからない、調べてもはっきりしない。現地でも、机の上でも、わかりづらい土地の境界について、具体例を交えて、できる限りわかりやすく伝える(ことを目的とした)、土地家屋調査士が解説したアドバイスです。
地積測量図のトリック(昭和40年代作成の地積測量図)
展覧会に行って、「エッシャーのだまし絵」を観てきました。階段を登っているようで、実は階段を降りていくような、あの不思議な絵です。幼少の頃から関心があったのですが、大人になってじっくり鑑賞しても、やはり見入ってしまいました。土地家屋調査士の性でしょうか、この絵画を図形として認識してみようとがんばったからでしょうか、ある「地積測量図」がどうしても頭をよぎります。それはなぜか?「エッシャーのだまし絵」と、ある「地積測量図」との間にちょっとした類似点があったからです。展覧会は大変におもしろかったので、帰宅後、「エッシャーのだまし絵」を少し検証してみました。今回は、難しい法律的な話しはお休みして、不思議な、いや不可思議な「地積測量図」のお話しします。
「エッシャーのだまし絵」を検証すると、その作品の傾向は、大きく分類できるそうです。その中のひとつに、上記の「不可能図形」というものがあるようなのですが、私はこれを見て、ある「地積測量図」を思い出しました。「地積測量図」と言っても、かなり古い昭和40年代の、特に、作図方法が手書きの「地積測量図」です。百聞は一見に如かず、それでは具体的に見てみましょう。下記にある「地積測量図」のトリックに気付きますか?
確かに、そう簡単にはわかりません。しかし、私がこれだけヒントを出しているので、もう、この土地の求積の三角形が、実際に存在できない三角形であるということは想像できると思います。図面にある三角形の辺長をもとに、あらためて三角形を組んでみると、幾何学的に整合しないのです。以下、図解したので、見てみましょう。
10㎝の差異がありましたね。「地積測量図」の方が、真実の三角形よりも10㎝大きく描かれていたというわけです。今回の例にあげた「地積測量図」は昭和46年作成です。昭和46年の頃は10㎝など、それほど気にしなくて良かったのでしょうか?とにかく言えることは、平成30年の今では、10㎝の差異はおおいに気にするべき問題です。そして、最も気にするべき、見過ごせない問題点があります。それは、この整合しない10㎝大きくなったままの三角形で求積され、それが土地の登記面積になり、その面積に課税されているということです。昭和46年から、今まで、その面積で課税され続けているということです。
これらは「土地地積更正登記」によって「地積測量図」ごと登記面積を訂正できます。
今回、三角形の三辺を正しいと仮定して、その上で高さを算出しました。しかし、高さが正しく、三辺のうち一辺が正しくなかったという可能性もあります。いや、三辺のうち二辺が正しくないとか、三辺すべてが正しくないとか、結局なにを基点に検証すべきか、机上では答えが出ません。そのために、現地を測量して、なにを基点にすべきか素材を集めに行くのです。現地を広く、細かく調査することは大変に重要なことで、資料を検証する上で避けられないものです。
さて、不可思議な三角形が「地積測量図」に存在することは、皆様に確認してもらいました。原因は、測量誤差とか、測量技術の問題とか、理由は多々あると思います。しかし、まだ、あの「地積測量図」にはトリックがあるのです。トリックとは、ひとの作りし意図的なからくりです。奇術や手品のようなものです。以下、もう一度見てください。
というわけで、「5㎝読みの地積測量図」と呼ばれるタイプのものでした。実際の辺長が12.64mでも12.67mでも、「5㎝読みの地積測量図」では「12.65」と記載するということです。当時は、それほど気にしなくて良かったのでしょう。いい加減な図面だなと思ってしまう感覚が誰しもあると思います。今はそういう時代ですね。
しかし、トリックはこの先にあります。この「地積測量図」には、5㎝読みのところ、一箇所だけそのルールを守っていない箇所があります。ふたつの三角形の底辺である「17.01」の箇所です。これは、通常の作図なら「17.00」とすべきですが、意図的に「17.01」とされています。作成者が、机上で、意図的に「17.01」にしたかった理由があるはずです。そのまま「17.00」にすると都合がよくなかった。いったい、作成者にどんな意図があったのか。それは「面積の調整」です。「地積測量図」の計算式の部分に注目してください。
(地積測量図の計算式) 17.01×(8.5+9.0)×1/2=148.8375 です。それに対して、
(5㎝読みの計算式) 17.00×(8.5+9.0)×1/2=148.7500 となります。
これらの面積の単位は平方メートルですが、単位を坪に変更します。
(地積測量図の計算式) 148.8375×121÷400=45.02坪 です。それに対して、
(5㎝読みの計算式) 148.7500×121÷400=44.99坪 となります。
面積を45坪にしたかった。「17.01」はそのためのトリックでした。とにかく、そのまま「17.00」にすると「44.99坪」という語呂も悪く、切れの悪い坪面積になってしまいます。「17.01」にしてあげれば、45坪を確保した面積になりますね。所詮5㎝読みなので、1㎝くらい錬金術を使ってあげれば、みんなが喜んだという背景がうっすらと見えてきます。許される範囲の「面積の調整」であったのかもしれませんが、このトリックは、現在の「地積測量図」には通用しません。測量技術が、いや、あらゆる技術が進歩しすぎてしまったからです。
どうでしたか?1枚の「地積測量図」の描き方にも味わいがあるものです。作り手の意図が込められた作品は芸術とも言えますが、作り手の意図が込められた錬金術的な測量図というのは、ちょっといただけない感じもします。しかし、そういった事実も許しながら、興味深く関心を寄せて、古い資料と付き合っていくべきだと思います。
そういえば最近、日本のある鉄道会社が定刻より20秒はやく発車したことを謝罪し、欧米メディアが驚きをもって報道したらしいですね。いま我々が測量し作成している「地積測量図」を、昭和40年代以前の人達が見たら、きっと驚きをもって報道してくれることでしょうね。1~2㎝の位置関係で問題になってるって!
杭を残して、悔いを残さず!ありがとうございました。