土地の境界がわからない、調べてもはっきりしない。現地でも、机の上でも、わかりづらい土地の境界について、具体例を交えて、できる限りわかりやすく伝える(ことを目的とした)、土地家屋調査士が解説したアドバイスです。
越境されても、撤去を請求できないことがある?
境界について調べていたら、隣地のブロック塀が越境していることが分かった。そんなことがよくあります。さて、越境されているのだから、当然こちらとしては撤去を要求したいですよね。しかし、こういった場合であっても、常に撤去を要求できるわけではない、ということをご存じでしょうか。今回はそんなお話をしたいと思います。
権利の濫用は認められない
「なぜ越境物の撤去を請求できないのか!?こちらには土地の所有権があるのに」
と思いますよね。もちろん、通常であれば認められます。所有権は、物を全面的に支配できる強い権利ですから、他人がその権利を侵害してきたときには、その妨害を排除することが認められているのです。ちょっと難しい言葉でいうと、「所有権に基づく妨害排除請求権」を行使することができます。
ところが一方で、民法1条3項には「権利の濫用は、これを許さない。」という規定があります。これはどういうことかというと、「いくら正当な権利を持っていたとしても、その権利を行使することによって、他者に大きな損害を与えたり、公共の福祉に適合しないときには、権利の行使が許されない」のです。いくら所有権が強い権利であっても、みだりに行使することはできないのです。
宇奈月温泉事件(大判昭10.10.5)
ここで、「権利の濫用」について判断した非常に有名な判例があるのでご紹介しておきましょう。
舞台は富山県の黒部渓谷にある温泉です。この温泉は、7.5km離れた源泉から地下に埋設した引湯管を使ってお湯を引いていました。ところが、この引湯管は途中2坪分だけ利用権を得ていない土地を通過していたのです。
それに目を付けた人(X)がいました。
「よし、この土地を買って、温泉の経営元に高値で売りつけてやろう」
ちなみにこの土地は急斜面にあり、利用価値はほぼない状態でした。Xはこの越境されている土地(全体で112坪)を1坪あたり26銭で買い取った上で、経営元に対し
「引湯管を撤去するか、さもなくばこの土地を含めた周辺3000坪を1坪7円で買い取れ」
と要求したのです。坪単価だけを見ても27倍ですし、さらに周辺土地も含めての請求ですから、かなりあくどいですね。
当然、経営元はこれを拒否。そこでXは、所有権に基づく妨害排除請求訴訟を提起しました。もちろん本気で撤去を求めているわけではなく、圧力をかけることで、買い取りを承諾させる狙いです。引湯管を撤去することになれば、経営者は多額の損失を被りますから、最終的には買い取りに応じざるを得ないという目論見ですね。
結果として、大審院(今の最高裁)は、Xの請求を棄却しました。Xの行為は、もっぱら不当な利益の獲得を目的としているだけで、所有権の目的に反しており、権利の濫用としてその行使は認められない、としたのです。
越境したブロック塀の撤去請求が権利の濫用とされた事例(東京高判昭55.12.23)
いやいや、ちょっと待ってください、別に不当な利益を得る目的ではなく、本当に越境物を撤去して欲しいだけなら問題ないでしょう、という声が聞こえそうです。
ところが、そういった場合でも権利の濫用にあたることがあります。下級審の裁判例となりますが、例えば以下のような事例です。
AとBがそれぞれ所有する土地が隣接していました。Aはその土地の一部を通路として使用していましたが、B所有のブロック塀が越境していました(ただし、このブロック塀はBの前所有者の代からあったもので、Bが設置したものではありませんでした)。なお、通路はブロック塀を除いた幅員が3.7mほどあります。AはBに対し、通行の妨げになること等を理由としてブロック塀の撤去を求めました。
この事例において、東京高裁は、Aの請求は権利の濫用にあたると認定しました。
・ブロック塀はBが設置したものではなく、前所有者の代からあったこと
・通路は十分な幅員があり、通行の妨げになっていないこと
・その他特筆すべき損害がないこと
がその理由とされています。つまり、権利を行使したとしてもAに大きな利益がない一方で、Bには大きな損害を与えるような場合も、権利の濫用にあたるわけです。
実務上、こうした越境物があった場合、越境に関する覚書で対処することが多いでしょう。今すぐ撤去しろというのではなく、将来的に建て替え等が発生した場合に解消することを約束してもらうわけです。そうすれば、相手方に大きな損害を生じさせることはなくなるからです。
権利濫用と認定されるのは例外的なケースでありますが、所有権の効力にも制限があるということは覚えておくとよいと思います。