不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
遺産分割協議や相続登記はいつまでにしたらよいか?
相続税の仕事をしていてよく質問されるのが登記の話です。
「自宅や貸家の相続登記はいつしたらよいのでしょうか」という質問です。
この質問には二つの相反する傾向があります。「相続登記はお金がかかるからなるべく遅くしたい」という人と、「とにかく早くしないといけない」と思い込んでいる人の二種類です。
この連載をご覧になっている方なら、自宅の課税価格の特例(2014年11月号~2015年9月号コラム参照。例の80%も課税価格が減額される小規模宅地等の特例です。)については、一定の人が相続しないと特例を受けられないということをご存じなので、相続税の節税も視野にいれた遺産分割協議が整わないうちは、登記しないという大原則を理解されていることと思いますが、現実には、早々と自宅の登記をすませてから相続税の申告相談という方がけっこういらっしゃるのです。
「え!同居している長男がいるのによそに住んでいる次男と半分ずつ登記をしてしまったのですか」という言葉を飲み込んで、どうしたらこの人たちにショックを与えないで説明ができるかなと税理士は密かに悩みます。数十万円から数百万円ならまだしも一千万円以上税額が異なる場合は、なぜもっと早く相談に来ないのかと溜息が出てしまうことも珍しくありません。
それなら、特例が使える相続人が取得したように今からさかのぼって登記を直せないかと考える人がいます。一度登記をしてしまったら直せませんか?という質問を受けることになるのです。
答えはYESです。直せません。
相続登記は司法書士に依頼することが多く、司法書士は登記のプロですから、本人確認はもとより相続登記をする不動産を対象にした遺産分割協議書をきちんと作成します。遺産分割協議書に無効や取消事由がなければ、遺産分割のやり直しを国税庁は認めていないからです。
合意による遺産分割のやり直しは贈与課税を受ける可能性が高いということはしっかり覚えていてください。
遺産分割協議書を作成するのに相続人の一人Bが参加しないので、他の相続人Aが勝手にBの署名捺印をしていたというようなケースは無効原因になります。
詐欺や脅迫によりBが自分の真意に反して署名捺印しているようなケースではBは遺産分割協議の合意を取り消すことができます。このような場合は遺産分割協議をやり直すというより、遺産分割協議が適正に成立していないので当初の遺産分割協議と異なる内容の遺産分割協議書を作成しても贈与課税が行われることはありません。
では、遺産分割協議や相続登記はいつまでにしたらよいのでしょうか。
相続税の申告が必要なケースでは、遺産分割協議はなるべく相続税の申告期限までに行います。そうでないと配偶者の税額の軽減(遺産分割協議で法定相続分又は1億6千万円まで配偶者が相続することに決めて相続税の申告書を作成すると配偶者が相続した分には税金がかからないという特例)や、課税価格が80%も減額されるという小規模宅地等の特例が使えず余計な税金を払うことになりかねないからです。
では、相続登記はどうでしょうか。世の中には資格のある税理士でも「相続税の申告期限までに相続登記を終わっていないといけない」という人がいますが、それは間違いです。遺産分割協議さえ整っていれば先ほどの配偶者の税額の軽減や小規模宅地等の特例は適用できるのです。
とはいっても甲が亡くなり、相続人A(甲の配偶者)とB(甲の一人息子)が遺産分割協議書も作成しないまま相続登記を放置しておくと場合によっては余計な相続税を負担することにもなりかねません。
たとえば、昨年末に甲が亡くなり、今年の7月に甲の配偶者Aが亡くなってしまったとします。その間、AとBは遺産分割協議をしていなかったとします。相続人がA、BだけでなくA、B、Cと三人いれば、Aが亡くなった後でも甲の財産をいったんAが取得し、その後、B、CはAが取得した財産を相続するという分割協議書を作ることが可能です。甲の遺産につき分割協議をするAの権利をBとCが半分ずつ相続するので、Aの死後でも、A、B、Cの三名の遺産分割協議書を作成できるからです。
ところが、甲に相続人がA,Bと二人しかいないケースで、分割協議が整う前にAが亡くなってしまうと、甲の財産は甲→Bと相続されたことに確定してしまうのです(AではなくBが亡くなってしまう場合も同様です。)。
遺産分割協議前に相続人が1人になってしまうと、その相続人が遺産を全部相続することになり、他の相続人がいったん相続するという分割協議ができなくなるということは覚えておいてください。
このように、相続税の実務は意外と奥が深いものです。相続税で悩んだらぜひベテランの税理士に早めに相談してください。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。