不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
~必ずチェックしましょう~ 相続税の増税に備えてNo.10
政府と与党は、本年7月に遺言控除というアイデアを公表しました。遺言控除とは、有効な遺言がある場合には、相続税の控除を数十万から数百万円増やそうというアイデアです。
仮に遺言控除の金額が300万円と決まれば、実効税率が10%の人で30万円、55%の人で165万円ほど減税されます。このような減税システムを作れば、遺言を書いてくれる人が増え、財産の承継がスムーズに進むというアイデアです。
遺言がなく、相続人の間柄が悪く、遺産分割協議が停滞すると、遺産の多くは、凍結された状態(いつまでも相続人全員の共有状態)になってしまいます。
投資信託は解約できないし、上場株式も売ることができません。被相続人(亡くなった人)が一人で住んでいた家や、賃貸している不動産は、換金することができません。被相続人がビルオーナーや地主の場合、子どもたちは、分割協議が定まるまで、賃貸収入である家賃や地代を法定相続分で分ける必要があります。
平成2年頃(バブルで最も地価が高騰していた頃)にビルオーナーが亡くなりました。遺産のほとんどは不動産でした。財産が分けにくかったためか、「仲良く分けなさい」という叔父たちの忠告も虚しく、子どもたちは遺産争いを始め、細部にわたり、口汚く非難の応酬を始める始末でした。10年経って、やっと話がまとまった時に、地価は半値八掛け二割引きになっていました。平成2年に課税された財産は30億以上あったのに、平成12年には10億円を切っていたというような話です。
このような無益な争いが起こらないように遺言があればよかったという意見をきくのですが、どのような遺言でも(遺言さえあれば)、紛争が未然に防げるわけではありません。
実は、遺言には悪い遺言と良い遺言の二種類があるのです。悪い遺言とは、遺言があるために、かえって相続争いに火をつける遺言です。良い遺言とは、逆に火を消す(相続争いを未然に防ぐ)遺言です。
「相続争いに火をつける遺言なんて!」とビックリされた方もいらっしゃると思いますが、世の中にはそのような遺言も少なくありません。良く考えると、学校で遺言の書き方を習ったことがある方はいらっしゃらない。それなのに、なぜか一人でこっそり遺言を書く方が多い。これが現実です。
どのような遺言が「火をつける遺言」か、といえば、典型的なものは、遺留分を侵害する遺言です。長男に遺産の全てを取得させ、次男と三男には財産を与えないというような遺言は、理由はともあれ紛争に火をつけかねません。次男や三男が弁護士事務所に駆け込むと、遺留分減殺請求の争いに火ぶたが切られてしまいます。
人は生きている間、自分の財産を自由気ままに使うことができます。とにかく貯めるのが好きだという人は、貯金通帳の残高を増やすことに専念することもできますし、洋服や旅行が大好きという人は、洋服代や旅行の費用に使うこともできます。
では、死後はどうでしょうか。
資産家Aは、妻子を見捨てて全財産を福祉施設に寄附するという遺言を残しました。Aさんの所有するすべての財産が福祉施設に寄附されてしまうと、残された妻子は、着の身着のままで住んでいる家を追い出され、場合によっては路上生活者に成り果てることさえ考えられます。
このようなことがおきないように、我が国の民法はAさんが(資産家でなくとも)遺言で自由に処分できる財産の範囲を制限しているのです。
民法は、遺言で処分できる財産の割合とできない割合を定めています。遺言で自由に処分できる割合を「自由分」と呼び、自由に処分できない割合を「遺留分」と呼びます。
遺留分を侵害していない遺言でも弁護士を巻き込んで紛争が勃発する危険性を含んだ遺言があります。遺産の五分の二を長男に五分の二を次男に、五分の一を三男に取得させるというような、遺言は、どの財産を誰が取得するかが明らかではありません。
五分の二とか五分の一とか表示するのは簡単ですが、財産には個性があり、個々の財産について、相続人全員が納得するような評価額を算定することは難しいことです。全体の評価額が決まらなければ、五分の一とか五分の二とかを計算することができません。
それだけでなく、誰がどの土地を相続するかも問題ですし、土地はいらないから現金だけ欲しいというような相続人の希望にはどう答えたらいいのか、困難なことが次から次に起こります。値下がりしている株は嫌だ、配当がたくさんあって相続開始後に値上がりしている株が欲しいと言い出す相続人をどう納得させるかというような問題も生じます。
逆に、良い遺言(争いの火種を未然に防ぐ遺言)とはどのような遺言でしょうか。
争いの火種を消す遺言は、次のような4つの特徴があります。
だれがどの遺産を取得するか事細かに記載してある遺言のことを「特定遺贈の積み重ねで記載している遺言」といいます。
自宅の土地建物は長男に、別荘は次男に、駐車場として賃貸している土地は三男に相続させるなど明確に記載され、法務局に提示するだけで相続登記ができる遺言が望ましい遺言です。
預貯金や投資信託、上場株式など残高や銘柄が変動する財産を上手に承継させるように記載するにはテクニックが必要です。
銀行や証券会社など取引のある金融機関を列挙し、これらの金融機関に預けている金融資産のうち、兄弟三人に三分の一ずつ相続させるという表現で分割協議不要な遺言が作成できます。
相続させる旨の遺言とは、具体的にどの財産を誰に相続させるか詳細な遺産分割方法を指定している遺言です。「自宅土地建物(実際には所在・地番・種類・地積等の記載が必要です。)を長男に相続させる」と書いてあると、遺言執行者の手を煩わせることなく、長男は単独で自宅土地建物の相続登記が可能です。
同族会社のオーナーが亡くなると、株式の行方が定まらず、会社法上の争いになるケースもあります。分割協議が定まらない状態での株式は、相続人全員の準共有状態にあります(所有権以外の権利を共有する場合を準共有といいます。)。
この場合、会社法は、相続人間の協議で、(最後には準共有持分に従い過半数で)株式の権利行使者1名を選定してこれを会社に通知し、この権利行使者が議決権を行使することとしていますが、これがけっこう難しいのです(会社法106条)。
遺言はとても大切なものです。ご自分で書かれた遺言(自筆証書遺言)がある方やこれから遺言を書こうと考えていらっしゃる方は、相続人のみなさまが不要な心配や揉め事に巻き込まれないように、かつ、相続税にも配慮した記載がなされているか、あらかじめ、相続や相続税に詳しい、信託銀行の財務コンサルタントやベテランの税理士、弁護士、司法書士など信頼できる専門家のチェックを受けられることをお勧めします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。